バタフライ・エフェクト

11時半くらいに起きて、『バタフライ・エフェクト ディレクターズ・カット版』鑑賞。友人が絶対にディレクターズカット版がいいと言ってたから、そっちから観る事にした。いろんな人に『バタフライ・エフェクト』は良いと言われてて、でも、なんか分かんないけど敬遠してたんだねぇ。

まぁ、見たわけなんだけども、これはとてつもなく素晴しい映画だ!!!

バタフライ・エフェクト』は手垢にまみれたタイムトラベルの話で、『時をかける少女』と同じタイムリープを使って主人公が過去を変えていく。と、書けるのはここまでだ。

なんというか、今までのタイムトラベルものになかったダークな部分が素晴しく。DV、幼児ポルノ、トラウマ、自殺、精神病、薬物中毒、売春、殺人などが全面にクローズアップされていく。それゆえ、アメリカではR指定になったらしいが、確かにこれを観てトラウマになる人もいるだろうなぁ…

伏線張りまくりの脚本と音へのこだわり、後半に向けて激しくなる映像表現と、すべてが計算され尽くされていて、『メメント』と同じく、1回観ただけではその魅力は伝わらないだろうし、意味が分からないところもあるだろうが、『バタフライ・エフェクト』は何回も観れる映画ではなく、何度も観なければならない映画の1つだろう。よくこの映画を作って公開出来たもんだ。うんうん。

バタフライ・エフェクト』を観て感動したのが映像表現だ。この手の映画というか、普通若手監督というのは奇を衒ったもんとか、無駄にスタイリッシュな映像に走りがちだが、この『バタフライ・エフェクト』に関して言うと、それが一切なく、脚本と役者の演技で見せきる映画になっている。凝りに凝りまくった複雑なストーリーなのに、説明的なセリフを省き、物語の切り替わりなどは音で分かるようになっている。

さて、肝心な映像表現だが、『バタフライ・エフェクト』は作品のスピード感にあわせ、映像も変化するという、ユニークな演出をしている。恐らく脚本の段階から、そのようにするつもりだったのだろう。

冒頭はストーリーの骨格を説明するのにあわせ、映像も地味過ぎるくらい変化がない。カメラも動かず、ワンカットも普通の絵でテレビドラマを見てるくらい地味だ、最初にタイムリープするまでの33分は観客に主人公の過去を植え付けるために映像はすさまじくシンプル。

ところが、物語が変化する時に映像もガラッと変わり、これが作品を印象を決定づけている。冒頭は写真のようにカメラが動かずにワンカットを積み重ねるが、物語が加速していくにつれて、ドリーを使ったワンショット、部屋の中でのクレーンショット、ステディカム長回し、銀残し、高速のカット割り、ノンフィルターの生々しい映像、超が付くほどのクローズアップ、ソフトフォーカス、オーバーラップ、スピードが変化するトラックバックなど、凝りに凝りまくって作品のテンションを上げている。これはタイムトラベルの演出としては極めて正しく、今までになぜこれをしなかったのだろうかと思ってしまう。

簡単に言うと、主人公の記憶が抜け落ちる前後はまったく普通に撮っている。んで、1回タイムリープして戻ると、映像表現が激しくなっているので、同じ場面なのにもかかわらず、まったく違う場面を見てる様な気分になり、何度も過去に戻り、まったく違う未来にするというストーリーと映像が見事に一致してる事になるのだ。

ファントム・オブ・パラダイス』や『マグノリア』『ロボコップ』も同じように映像が凝ってる作品で、特に『マグノリア』はそれをカットバックさせ、同時に見せるもんだから、全編がクライマックスのように映るという効果を出していた。

ところが、『バタフライ・エフェクト』になると、地味な映像と激しい映像のコントラストが、タイムリープ前とタイムリープ後を表現しているので、映像が凝ってるだけの映画としては映らず、良く出来た映画としての印象になる。

だからMTV調だなぁとか、デ・パルマの猿真似だなぁという言葉は『バタフライ・エフェクト』には通用しないのだ。

さらに言うと『バタフライ・エフェクト』はエンディングがまったく違うディレクターズ・カット版が素晴しい。

というかディレクターズ・カット版こそ真の『バタフライ・エフェクト』であると断言出来る。劇場版の終わり方とDVDに入ってる2通りの別エンディング、さらにディレクターズ・カット版のエンディングと4パターンあるが、間違いなくディレクターズ・カット版の終わり方が1番作品にあっている。そもそも劇場版の終わり方だと、冒頭のカオス理論がどうのこうのというのが活きて来ない。ディレクターズ・カット版の終わり方だからこそ、ある場所で蝶が羽ばたくと、その結果として地球の裏側で台風が起こるというのが効いて作品に統合性が出るのである。

その後に『バタフライ・エフェクト』を音声解説付きで鑑賞。シーンによって映像のトーンやカメラを変えて、それが主人公の心情を表してると監督自ら語っていた。んで、やっぱり映像は凝りに凝ってて、撮影秘話から何から全部語ってたので、『バタフライ・エフェクト』を見て、よー分からんかった人はこれを観ればいいと思った。

やっぱり、CGで合成したり一見派手なもんっていうのは映像がスタイリッシュとか派手って言われるんだけど、撮影テクニックを駆使した映画っていうのは一般的に凝ってるって言われにくいみたいだ。なんだろう、料理とかにも例えられるのかな?同じ喰いもんだけど、見た目が派手なもんと凝ってるもんがあるわけだ。

マグノリア』なんかは全編これでもか!って映像テクニックを使ってるけど、そういう風に言う人はいないし、「『ダイハード』の冒頭のナカトミビルのシーンは映像が凝ってるよね」と言っても、「そうか?」って返される事多々あるし(実際映像を見ながら親父に説明すると確かに凝ってる!と言ってたが)『タクシードライバー』なんかもこれでもか!って凝ってるけど、やっぱりそうは言われなかったりする。『キル・ビルVol.1』も青葉屋でかっちょいい長回しが出るけど、友人にそれ言ったら『そんなんあったっけ?』って言われたし(笑)

デ・パルマはこれを分かりやすく使うんだいね。だから、映像派って言われるんと思うよ。私は映像が凝ってる映画がわりかし好きだから、そういう映画ってのはつい「傑作だ!」って言ってしまう。でも、CGでねカメラがあり得ない動きをしたりする派手な映画が量産されてる今、カメラの技術とか撮影テクニックでかっちょいい映像を構築するのって、あんまり無いじゃない?だから私はあえて『バタフライ・エフェクト』みたいな映画を推すけどね。