『ブラッドシンプル』を久々に鑑賞。東京で絶賛公開中の『女と銃と荒野の麺屋』がチャン・イーモウによるこの作品のリメイク版ということで、改めて観ようと思って観た。
コーエン兄弟は大好きな監督であるが、その中でも一番回数を観たと言ってもいいだろう。一度観ただけではついていけないくらいの情報量と説明セリフのなさと見事な映像表現は今観ても色あせることはなく、むしろ最初からコーエン兄弟は金字塔を打ち立ててしまっていたことがよく分かる。ちなみに再見したのは再編集された『ブラッドシンプル/ザ・スリラー』であるが、便宜上『ブラッドシンプル』と表記させていただく。
テキサスで酒場を営んでいるマーティの妻アビーはマーティの元で働いているレイと不倫の関係にあった。私立探偵を雇い、二人の浮気の証拠を掴んだマーティはその私立探偵に二人の殺しを依頼するのだが、そこから話は二転三転していく……というのがあらすじ。
処女作にはその監督のすべてが出るというのはよく言われてることだが、ご他聞に漏れず『ブラッドシンプル』もその中のひとつである。サム・ライミのようなケレン味溢れるカメラワークは『赤ちゃん泥棒』に、キャラクターの暴走によって事態がトンでもない方向へ転がって行くのは『ファーゴ』に、染み出す血や無意味に物体を長回しで写すことで不安を煽るというのは『バートンフィンク』に受け継がれ、一人を殺した方が効率がいいというエゴが観客にとって不可解に写る*1というのは『ノーカントリー』で、主人公がわざわざ水を渡しにいってしまったことでギャングに追われてしまう不条理なシーン*2に通ずるものがある。
光と影を効果的に使ったフィルムノワール調の映像にシェイキーカムを多用したケレン味溢れるカメラワーク、コミック的なキメ絵など、コーエン兄弟の作品の中で最も凝った映像が最も低予算の映画の中で放たれる。それが頂点に達するのがクライマックスで見せる「撃った壁の弾痕から光が差し込む」というカッチョ良いカット!
映画で初めて使われた……かもしれない、コーエン兄弟の発明!その後、『フロム・ダスク・ティル・ドーン』にも使われる。
この映像のセンス、凝り方がガイ・リッチーのようにチャラく写らないのは、一枚の絵が絵画的で美しいのと、テンポの良い*3カット割りで見せ切っているからであろう。
映像だけではない。『ブラッドシンプル』はコーエン兄弟の作品の中でも脚本が飛び抜けて素晴らしい。しかも、登場人物よりも見ている観客がその情報を多く掴んでいくというのはタランティーノの『レザボア・ドッグス』にも受け継がれている。これは主に小説の手法であるが、セリフが少なく、状況を説明するようなこれ見よがしのセリフも出て来ないため、人によっては登場人物の状況に入り込まないとついて行けないかもしれない、それくらいとてつもないスピード感で観る者を圧倒するのだ*4。
というわけで、ストーリーについては一切言及出来ないが、間違いなく80年代を代表する作品。チャン・イーモウのリメイク版も気になるところだが、インディーズ映画が注目されるきっかけの一作として、そしてコーエン兄弟のすべてを一作で体験出来るということで観ておいて損はないだろう。あういぇ。
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