百万円と苦虫女

無理矢理8時に起きて、朝飯を喰らい、睡眠時間3時間の体で『百万円と苦虫女』を鑑賞。

まだ『おくりびと』観てないし、観てない邦画もたくさんあるけれど、今んとこ邦画のベスト1は確定。

猫を捨てられてしまった怒りから同居人の荷物を勝手に捨ててしまった鈴子。鈴子は同居人から刑事告訴され、前科一犯になってしまう。友達も居ない、恋人も居ない、受験を控えた弟とも気まずい鈴子は出所した日に、「百万円貯まったら出て行きます!」と思わず叫んでしまう。その日から、短期のバイトをし、百万円を貯めたら、次の町に行くという生活をし始めるのだが…


とにもかくにもすべてが完璧に機能した稀にみる傑作。『アヒルと鴨のコインロッカー』か、または『アフタースクール』あと『クライマーズ・ハイ』と並ぶ作品。

タカダワタル的』で音楽ファンの心をがっちりと掴み、『怪奇!!幽霊スナック殴り込み!』でボンクラの心を奪っていったタナダユキは『百万円と苦虫女』で、私の度肝を抜いた。正直、ここまでの傑作になるとは誰が予想してただろう…

百万円と苦虫女』は説明的な台詞を一切排除し、映像で心情や人となりを分からせるという、映画の演出として出来て当たり前の事がしっかり出来ている珍しい作品である。いや、これはけなしてるわけでもなく、今の日本映画はこの事がしっかり出来てない映画が多すぎる。そして観る方も説明したり、過剰に演出してもらわないと、何が起こってるのか分からないという人が多くなった事もある。泣かせるシーンはクローズアップして、大げさな音楽をかけないと泣けるシーンだと分からないのだ。

百万円と苦虫女』の中で主人公が1人で生きていく事を決意するシーンが前半にあるが、ここも、

よし!これから1人で生きていこう!とかいうバカバカしい台詞は言わず、(というか、そんな事、普通に生きてれば言わないはずなのだが、そういう事を言わさないと分からない人が多いのも事実)長回しでじっくり主人公のバストアップを捉えた後で、そのままクレーンショットで俯瞰撮影になるという、これから希望に向かって歩いていくんだという決意すら伝わってくる映像になっている。

さらにイヤミなジジイとババアが出てくるシーンでは、ちゃんとジジイとババアの顔と主人公の顔をクローズアップで切り返して、むかつく感じを出しているし、主人公が恋におちた瞬間は手持ちカメラになって、画面がグラグラ揺れ、恋した時の不安と揺らぎを見事に表現(それでも分からない人のために「乙女かよ」というボヤキまで入れている)

何よりも素晴らしいのは、主人公と他人の会話に「間」が多い事。気まずい沈黙をここまで完璧に演出した映画があっただろうか、タランティーノの『パルプ・フィクション』では、もっと分かりやすく演出していたシーンも、タナダユキはその感性でもって、見事に繊細に演出していく。

どこを切ってもリアルなシーンしかない中で、森山未來の存在感が素晴らしい。何が素晴らしいって、どう見ても、普通の学生にしか見えない(笑)普通のしゃべり方、普通の歩き方、普通の走り方、ここまで平凡な男を演じれる役者が居たのか!?驚きの一言である。

もちろん主役の蒼井優はずば抜けて素晴らしい。苦虫を噛み潰したような笑顔しか出来ず、出来る事ならば人と関わりたくないけど、それでもキレたら何するかわからないという現代人を象徴させたようなキャラが見事。

百万円と苦虫女』の何が良いって、、、、

この映画って、オレが普段から考えてる事や思ってる事と一緒の事が出てくるんだよ

例えば、主人公は自分の中に信念があって、許せない事があるとぶち切れる。だから逮捕されてしまう。

私はよくブログで怒ったりしてますけど。キレないんですよ

っていうかキレる人って子っていうかガキだと思ってるから、精神的に、だって、キレたら負けでしょ?なんかね、よく若者が「いやぁ、ブチ切れて、がつんといきましたよぉ」って、キレたオレかっこいいっしょ?みたいな感じで言うけど、

いやいや、キレる事はめちゃくちゃかっこ悪いからね!

それよりも我慢する方がよっぽどかっこいいから!

例えば、オレだったら、絶対にぶん殴ってやりたいヤツが仮に居たとしたら、そいつに喧嘩しかけて、殴られて、傷害罪にして、そいつの事、前科一犯にしてやるもん。その方が、そいつの人生、後からめちゃくちゃになるじゃん。俺だったら、キレて殴るよりもそっちを選ぶわけ、なのにもかかわらず、普通は我慢出来ずに殴る方を選んだりするわけだよ。

だから、基本的に嫌なヤツが居たら、心の中で「100回は車に轢かれろ」って念じるんだけど

でも、やっぱり嫌なヤツは気持ちよくぶん殴ってやりたいじゃん?
そういう後先考えずに行動する主人公と、そのせいで痛い目に遭うっていうのが、良いバランスで入ってて好きなんだなぁ。自分がやりたい事とそれはいけないんだって事がハッキリ映画の中に出てくるのが非常に素晴らしいと思う。

あとね、チャラチャラした若者とうるさいガキと謙虚さのないジジイとババアは死ぬほど嫌いなんだけど

それがまるまるこの映画の中に出てきて、すげぇ嫌なヤツとして描かれるんだよね。絶対にタナダユキ、上記の奴らに死ねと思ってるよ、間違いないよ。そこがすごく好きというか、やっぱりオレと同じような事考えてるヤツが居るんだなぁと思って感動した。

なんつったって「お前らは死ね」というセリフまでキッチリ出てくるし。

百万円と苦虫女』は、

チャラい若者とうるさいガキと傲慢な老人にツバを吐き、

そいつらには消えてほしいとまで思ってるのに、絶対にキレたらだめよという教訓まである、

素晴らしい思想に満ちた傑作です。