『ブラインドネス』感想


私は世界が終わってしまう!という映画が好きで、その終末感をビジュアルで見せてくれる映画が大好物である。『28日後…』や『アイ・アム・レジェンド』の前半や『トゥモロー・ワールド』はもう世界が別物になっているんだけど、『クローバーフィールド』なんかも崩壊していく様がなんとも美しい。映像じゃなくても概念だけでも良くて、『ミスト』や『回路』に始まる黒沢清作品もそう、『カリスマ』や『叫』では抜群の終末感があった。とにかく世界が!世界が終わっていく!という映画には惹かれる。それは自分がまったく想像し得ない世界だし、そこに出てくる人間というのは理性や建前がなく、本能がむき出しにされるからかもしれない。

「めくらの方が人の気持ちが分かるんだよ」というのは北野武監督の『座頭市』のセリフだが、『ブラインドネス』において、盲目というのは実はそこまで重要なファクターではない。見えてても見えなくても人間である事にかわりはないからだ。

ブラインドネス』は突然原因不明の感染症により、人間の視界が奪われるという話だ。どこの国とはハッキリ出ないし、出てくる登場人物には名前がない。さらに彼らはどういう人なのか?という性格すら見えない。つまり『ブラインドネス』に登場する人間は象徴に過ぎず、医者とか日本人とか子供とか黒人とか娼婦とか暴君とか泥棒とか、それぞれが分かりやすいアイコンになってて、ご丁寧に彼らには過去すらない。

目が見えなくなってしまい、病棟に隔離されるのだが、先ほども書いたように目が見えてないという設定は文明社会から遠ざけるための理由になってて、比喩的な表現である事は映画を観ればわかる。目が見えなくても彼らは絶望感に打ちひしがれておらず、何よりも自殺するヤツが居ない。むしろ医療道具が届かないくらいの不満しか持ってない(しかもそれを言ってるのは医者だけであったりもする)。廊下の角でセックスしているシーンが出てくるが、レイプではなく、ちゃんとした和姦だし、夫は妻以外の女とセックス、つまり不倫をするのだ。火に当たる伊勢谷友介は「顔に火が当たってる感覚が好きなんだよねぇ」と見えなくても火の存在をちゃんと肌で実感しているし。ガエル・ガルシア・ベルナルの事を指し「あの声は絶対に黒人だよ」というセリフを言うシーンがあるが、人間は見えてても差別や偏見の塊だったりもする。

ファイトクラブ』では「文明の思い上がりの象徴ともいえる物質文明主義を拒否する!」なんてセリフも出て来たが、まさに『ブラインドネス』ではそのセリフの世界が繰り広げられる。トイレに行く事が困難になっても、廊下にうんこやおしっこを撒き散らしていて、それを臭いとは言ってない。むしろ踏んづけて歩いているくらいである。風呂に入れないからとピーピー騒ぐ女も居なければ、着替えが欲しいというヤツも居ない。テレビも酒もタバコも無いと騒ぐヤツもいない。それは盲目という比喩によってだ!

そして、その世界でやはり出て来るのはセックスと暴力による支配と女性の強さである。意外と平和に暮らす感染者だが、事態は急転する。オレは第三病棟の王だ!と宣う一派が、どういうわけか兵士が居る見張り台を襲い、銃を手にする(この場合何故銃を手に入れられたんだ?というツッコミは意味がない)そして、その病棟を暴力によって支配し始める。目が見えないから銃など無意味に思うだろうが、撃たれてしまうかもしれないという恐怖で誰も手を出す事が出来ない。ここでもやっぱり盲目は比喩である事が分かる。んで、彼らは送られてくる食料を管理すると言い出し、金品と交換すると言い出す。そして金品が無くなると代わりに女を差し出せという。

ここから映画史に残るであろう凄まじいレイプシーンがあるのだが、これに嫌悪する人も居るだろうし、女性差別だと批判する人も出てくるかもしれないが、ここで描かれるのは女性の強さだ。男はこの状況に絶望し、頭を抱える者や妻を持つ者は泣き出したりもするが、女は覚悟を決め、強い意志を持って身体を差し出す。そして、この手のレイプは世界中で起こってる事でもある。んで、そのレイプでもって、ある事が起きて、そこから…と、まぁ、後の事は映画を観てもらうとして、

この映画でもっとも重要なのが、ジュリアン・ムーアの役。彼女だけは感染症が広まって誰も目が見えない世界で見えているという設定だ。んで、彼女には視界があるのにもかかわらず、その病棟がとんでもない事態になっても、何もする事が出来ない。とてつもなく無力な存在である事がハッキリ描かれる。事態が見えてるのは彼女だけなのだが、悲惨な事が起こってるのに、何も出来ないというのは、現実世界に起こる悲惨な事に対し、何も出来ないという事と一緒である。

シティ・オブ・ゴッド』を監督しただけあって、メイレレスは寓話的なストーリーに現実感を盛り込んだ。『ブラインドネス』で起こってる事は『シティ・オブ・ゴッド』で起こってる事とほぼ一緒。しかも『シティ・オブ・ゴッド』は現実を元にした映画でもある。

あまりストーリーの事を言うとおもしろさが半減するのだが、最終的にこの映画がたどり着く結論はハウルの動く城だ。他者という絶対的に分かり合えない者が、、、、、、とまぁ、この辺にしておこう。

現実に起きてる事を絶妙な終末感で見せると言えば『トゥモロー・ワールド』もそうだが、『トゥモロー・ワールド』と同様に『ブラインドネス』では人間がとにかく優しい。「人間ってのは自分勝手でどうしようもない生き物だけどそれが本当だよな」と提示する一方で、それでも人間の優しさと人しか愛せない事をこれまたしっかりと描く。目を背けたくなるほどの絶望的な状況をしっかりと描いてるからこそ人間の優しさが活きるのだ。

ここまでダラダラと書いてみたが、私は『ナイロビの蜂』を観ていない。。。。すいません。ただ言わせてください『ブラインドネス』は傑作です。