『DRAGONBALL EVOLUTION』を観たよ。あ、ただの感想です。ネタバレ無し。


夕方に『ドラゴンボール・エボリューション』鑑賞。正式な表記は『DRAGONBALL EVOLUTION』なのか?まぁ、どうでもいい。

予告編を観た人ならもう分かる通りだし、もうヤバい匂いはプンプンしてたのだけれど、あえて、さんざん言われてる事を声を大にして、新潟の中心から叫ばせていただく。

「こんなの『ドラゴンボール』じゃねぇし!!!!!映画としても最低最悪だ!!」

バイオハザード』や『ストリートファイター』の映画化の時も思ったが、どう考えても実写版には無理がある。言っちゃえばCGを駆使したところで『ドラゴンボール』の映像化は不可能だと思う。例えば似たようなテイストの『幽遊白書』だったら、実写化は出来るだろう。なぜ『幽遊白書』は実写化出来て、『ドラゴンボール』は出来ないかと言うと、前者は日本で現代が舞台とハッキリ決まってるのに対し、後者は、何処の何の時代なのかさっぱり分からず、出てくるキャラクターも外人なのか、アジア人なのか、全然分からない。未来なのか過去なのかも分からないが、それはマンガだから成立するのであって、実写にした時は、その辺の設定をちゃんとしておかないといけないと思う。実写版は、その設定がよく分からなく、日本人が出てくるわ、アジア人が出て来るわ、悟空という名前なのに、アメリカ人だわで、その時点で「コントかよ!」若干思ってしまう。

DRAGONBALL EVOLUTION』を観て思うのは、『カンフーハッスル』や『マトリックス・レボリューションズ』の方がよっぽど『ドラゴンボール』してるという事である。全然設定を変えるのは構わないのだけれど、せめて、“らしさ”だけは残していただきたい。例えば、『GODZILLA』には全然『ゴジラ』らしさを感じなかったけど、山の向こうから咆哮と共に現れるトライポッドを見せたスピルバーグの『宇宙戦争』や、タンカーを破壊して、海から上陸してきた『クローバーフィールド』の方がよっぽど『ゴジラ』してた。そういうスピリットがまったく『DRAGONBALL EVOLUTION』にはない。そこから行くと、制作に名を連ねているチャウ・シンチーウォシャウスキー兄弟の方が、“ドラゴンボール魂”を持ってたという事だ。いや、でも、ジェームズ・ウォンは『ザ・ワン』で、バイクを片手で持ってグシャ!とか、絶妙なモーション感覚で、アクションシーンをかっこ良く演出してた人じゃないか!なんだこの体たらくは!!

もう、『ドラゴンボール』じゃないやい!というのは他のブログなどで確認していただいて、まず、『DRAGONBALL EVOLUTION』は映画として全然おもしろくない。

チチというキャラクターが居るが、まず、こいつの役回りがマジで不明である。ブルマと一緒にしてしまって、簡潔に物語をすすめた方が良かった気もする。ヤムチャも居ても居なくてもいいキャラクターだし、田村英里子だって、乳の谷間を見せるだけの役回りで、全然要らない。そう言えば、チチもやたら谷間が出て来て嬉しかったが、おっと、脱線した。しかもピッコロは田村英里子に全てを任せっきりで、クライマックス以外ほとんど活躍してない!孫悟飯亀仙人のキャラもかぶってるし、コマとなるべきキャラクターが原作の世界観に頼りすぎてしまってるので、非常に描き込みが散漫になっている。

アクションシーンはこれと言って特出すべき点は無いし、かめはめ波だって、『カンフーハッスル』の方が100倍は上手く描けてたと思うし、全世界共通の主題歌となってる浜崎あゆみの歌は途中でぶった切られてちゃんと使われてないだの、とにかくすべてにおいて、酷いの一言しか見当たらない(つっても、浜崎の主題歌はホントにホントにどうでもいいが)

あ、私は吹替え版で観たのだけれど、石丸博也山口勝平など、タレントに頼らず、ちゃんと声優に演じさせたのは素晴らしいと思った。それでも、何故野沢雅子が出てこなかったのか不思議だったけども。

という事で、『DRAGONBALL EVOLUTION』はある意味でこちらの期待を裏切らなかったワースト作。別な意味で楽しめるので、必見だ!!ファック!

15日夜
デイ・オブ・ザ・デッド』を観たのだが、感想は別にしよう。あういぇ。