殺人を犯した時点でその人は『悪人』
『悪人』鑑賞。今やってる映画ではかなり入ってる方だろう。やはり賞を受賞したのが大きな宣伝になってるのかな。
内容には賛否両論あるだろうし、様々な解釈も出来るような作りになっていて、まさに観る人が好き勝手に受け取ったらいいという感じなのだが、まず単純に演出がめちゃうまい。そこには言及せざるを得ない。
各キャラクターたちがむせび泣くシーンが多いのだけれど、クローズアップを使わずに遠めから全身を写して、短いカットで次に進んで行くという溝口健二や成瀬巳喜男がやってきた昔ながらの手法をとっている。特に柄本明と宮崎美子が逆行の中で泣き崩れるシーンは仰々しい音楽もなければ、セリフもなく、カットもものすごく短いのに、とてつもなく深い感動を生む。これは映画ならではのマジックと言えるだろう。
徹底して説明的なセリフは排除され、妻夫木聡と深津絵里がどんなにつまんない人生を送っているのかというのは、すべて簡略化された映像の中でずばっと表現される。ここは描かなくてOK!ここは描いておかないとダメ!というのがハッキリ監督の中に見えていたのだろう。2時間20分という長尺であるにもかかわらず無駄が一切ない。
そして映像がとにかく素晴らしい。動かすところは動かし、止めるところは止め、映画的に見せるところはスケールを大きくする。地味ながらも的確なカメラワークで、映像だけなら中期黒澤作品や韓国映画の傑作『殺人の追憶』を彷彿とさせる。雨が降ってるシーンが多いというのも加味されてると思うのだが。
役者たちは完璧以上の仕事っぷり。全員が極限状態の中で演技をしてるというくらいすさまじい。特にイケメンで金持ちのクズヤローを演じた岡田将生がホントにホントに素晴らしかった。
ただ、役者たちは完璧な仕事をしたと書いたが、やっぱりどんなに頑張ったとしても妻夫木聡と深津絵里はミスキャストの感が否めない。確かに妻夫木聡は顔つきも違えば、ガリガリに痩せており、徹底した役作りに挑んだんだろうなぁというのは想像に難しくない。ハッキリ言って彼は完璧な演技をしている。そこは認めたうえで、やっぱり妻夫木聡ではないのだ。深津絵里も同様で、監督が丹念にキャラクターの人となりを描き込んでるだけにこの配役はホントに惜しまれる。もうちょっと空虚な生活を送ってるというのが顔からにじみ出てる人でなければならなかったはずで、正直、後半の「互いにこの人でなければならない」というところからくる行動に説得力が出ないのである。話題性という意味で、あの妻夫木くんが悪人に!?というところでは成功だったかもしれないが、映画の内容を考えると、絶対に違う。言えば女性の方は寺島しのぶや、もっと言ってしまえばオアシズの大久保さんあたりの方がよかったはずで、男の方も加瀬きゅんあたりでよかったのではないかなぁと思う。実際殺人犯もイヤな男の役もしてるわけだし。
基本的に映画は「殺人を犯した人よりも、それに関わった人の方がよっぽど極悪人」というのが主なテーマなので、見終わってからどこにモチベーションを置いたらいいか分からなくなる。今までであれば、無実の人間が罪を着せられて……というのがよくあるパターンなのだが、この映画の主人公である妻夫木聡は自ら殺人を行っていて、しかもその動機も「それは殺さなきゃだめだろうなぁ」という感じじゃなく、人間として嫌な部分もしっかりと描いていて、感情移入を出来にくくしている。
よくよく考えれば、全員悪人でもなければ、全員善人でもないので、何が悪いのかという理由もハッキリ提示されず、育った環境やら、各キャラクターの行動や性格が細かく描かれることで、なんとなく匂わす程度にとどめてあって、この辺は今までになかったタイプの映画だろうなぁと思わせてくれる。
というわけで、あまり起伏もなければ、モヤモヤするタイプの映画だが、とても良く出来ている作品であった。それでもなんだかんだ言って「殺人を犯した時点でその人は悪人」なんだってさ。「丼を投げてビンタした時点で悪人」と一緒やね。あういぇ。
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