散文的な叫び『恋の罪』

恋の罪』鑑賞。今年初めての劇場での鑑賞である。新潟では二週間限定のセカンド上映。

いやぁすっごい映画だった。「すごい」という言葉には「びっくりするほど程度がはなはだしい。大層なもの。」というのと「ぞっとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い。」という二つの意味があるが『恋の罪』は両方の意味で「すごい」映画だった。本当にすっごいすっごい映画だった。

小説家の妻であり、その夫を献身的に支え、惜しみない愛を注ぐいずみ。何もかもが満たされた生活を手に入れたはずなのだが、何かが物足りない。自分はこのままでいいのだろうかと三十歳を前にして、夫が仕事をしている7時から21時の間。パートとして働き始める。そんな時に言葉巧みにAVのスカウトマンにのせられ、事故的に人妻モノのAVに出演してしまうが、これが彼女の何かに火を付けた……というのが主なあらすじ。

東電OL殺人事件を下敷きにしながらも『冷たい熱帯魚』のような圧倒的なリアリティはなく、むしろその事件はどうでもいいという扱いで完璧に園子温の世界が築き上げられている。一応チャプター別になっていて、ミステリーの体裁を取りつつ、ひとつの事件を「刑事の視点」と「その事件に関わったであろう人物の視点」から描いているものの、妄想と現実、現在と過去がグチャまぜで、それまでのきちっとした劇映画的なエンターテインメントの枠が本人にとって窮屈だったのか、映画は感情が爆発したシークエンスのコラージュになっていた。『冷たい熱帯魚』が“Maxwell's Silver Hammer”なら『恋の罪』はさしづめ“Helter Skelter”といった具合。エクストリームな表現がつぎはぎされたことですごく歪な形をして、散文的に叫んでいる。とにかく普通じゃない。

この映画には物語を追う「刑事」でさえも、事件に関わる人物と似たような設定にされており、まともな人間がほとんど出て来ない。さらに「劇映画の枠を取っ払った感情の爆発」という意志と登場人物たちすべての行動が一致しており、水風船みたいな物の中にペンキが入っていて、それが割れて爆発するというのも、そういった意志や行動のメタファーに思えて来る。

「物語を追う」というよりも、各シーンが何の脈絡もなく「強烈な何か」として写っているので、すべてが見せ場として観る者に迫って来る。いえば前作『冷たい熱帯魚』のでんでんをシーンだけを繋ぎ合わせたような感じといえばいいだろうか。なのでこれを映画と呼ぶのはどうか…という人も出てくるだろうし、人によって「あのシーンがよかったけどこのシーンは嫌い」という人もいるはずだ。ワンカットワンカットすべてが監督自身であり、それだけ「園子温でっす!」と過剰にやられると好き嫌いに分かれるのは当然で、この作品が嫌いだという人の意見もすごく納得である。なんつってもハイテンションで濃いし……

主演としてクレジットが一番最初に来るのは水野美紀で冒頭からフルヌードの濡れ場というスペシャルな登場。これで女優として一皮むけるか!?というような存在感を見せつけたのだが、その後に出て来る監督ご用達の神楽坂恵があまりにすごすぎてその存在が霞んでしまったほど。そしてさらにその後に登場する冨樫真も強烈であり、その個性的な映像表現に負けないアクの強いキャスティングがされていたんだなと観ていくうちに納得する。逆に水野美紀が普通で、あまり活躍もせず、冒頭のフルヌードはいったいなんだったのか??と思えて来るくらいだ。しかも刑事らしいことしてるの聞き込みだけだったよね??

ハッキリ言って最高傑作ではないだろうが、一瞬たりとも目が離せない。個人的には今まで観て来た園子温監督作品の中で一番好き。監督の心臓だけを取り出して「これがオレだ!」と言ってるようなそんな強烈な映画。石井隆の『ヌードの夜』の続編や塚本晋也の『六月の蛇』が好きな方には絶対おすすめ。そして園子温作品全般が苦手な方は絶対に観ない方がいいと思う。あういぇ。

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