年老いた子供たちへの挽歌『狼は天使の匂い』

BSで以前放送した『狼は天使の匂い』鑑賞。

なんじゃこりゃー!!!!

正直、驚きました……監督が『太陽がいっぱい』のルネ・クレマンだったので、ホントにそれだけの理由で何気なく観たんですか、なんですか!このすさまじい大傑作は!

あらすじをざっと書くと、飛行機事故でジプシーの子供を殺してしまった男が、遺族に追われ、逃げる途中でたまたま殺人事件に出くわしたことで、とある犯罪グループに捕われてしまいます。ところが持ち前のキャラクターと端正な顔立ちでもって、その犯罪グループの仲間入りを果たすんだけど……というお話。

冒頭でチェシャ猫のイラストと共に「いとしき人よ、我々は眠りに就く前にむずかる――年老いた子供にすぎない」というルイス・キャロルの言葉が引用されるんですが、まさにこの言葉がこの映画を表してるといっていいと思います。

とにかく良い歳した大人たちが大人になりきれずに子供のまま遊びに興じてる……そんな感じの映画なんですよ。いい歳をしたなんたらごっことでも言いましょうか。映画にはサスペンスフルなシーンから派手なアクションまで用意されてますが、基本的にテンポはかなり緩いです。犯罪者でありながら、タルトを作るのが上手かったり、チェスの駒を一から作ったり、絵書きだったり、仕事と言えば強盗に使う消防車を手作りしてるくらいで、みんなヒマを持て余してる感じなんですよね。あげくの果てに一緒に暮らしてる女の風呂までのぞくくらいですからよっぽどですよ。ヘタしたら「なんだよ!オレが観たかったのはこういうのじゃなくて、彼らが活躍するアクション満載の映画だったんだよ!」とか怒り出す人もいそうです。

ところが、この映画に関係ない遊びのシーンがホントにいいんですよ!なんていうんですかね。特に目的もないのにだらだらとプレイしてしまう『どうぶつの森』といった感じでしょうか。でも、ある程度の緊張感もあるんで、緊張と緩和がすごくうまく働いてて、思わず見入ってしまいます。

主人公は匿ってもらう名目で捕われる“招かざる客”なわけですが、見事にこのメンバーに同化していきます。彼は子供の頃にビー玉を持って行っても仲間に入れてもらえなかったというトラウマがあり、さらに別なコミューンも事故で破壊することになってしまいました。映画では描かれませんが彼は相当孤独な人生だったはずです。それを妙な形とはいえ受け入れてくれたのが嬉しかったんじゃないでしょうか。最終的にこの犯罪グループも破滅に向かっていくんですが、彼が最後にとった行動はまさにそれらに対する落とし前といったところもあるんでしょうね。

イケメンで人懐っこい主人公もいいんですが、それ以外のキャラクターがホントに立ってて、観てると全員がいとおしくなってきます。というか、悪人という悪人がいないんですね。故に憎みきれないところがあって、その辺も映画という虚構の中にリアリズムを混ぜ込んでてうまいです。特に最後の代表作となったロバート・ライアンの演技がホントにホントに素晴らしく、彼があのグループのリーダーであるというのを説明的なセリフを使わずに全部演技で表現してます。

監督はルネ・クレマン。ヌーベルバーグの連中からは時代遅れのおっさんとばかりに嫌われていましたが、『太陽がいっぱい』であっかんべー的にジャンプカットを使ったように、『狼は天使の匂い』でもニューシネマの雄『明日に向って撃て!』のスライド写真の演出が引用されています。最後の代表作と言われてますが、キャロル・リードの『フォロー・ミー』やジョン・ヒューストンの『ロイ・ビーン』のように演出はかなり若々しいです。

たまに歴史的な名作みたいなものの中に、偉大なサンプリングネタとして繰り返し使われるみたいな作品ってのがあります。『ブレードランナー』や『プライベート・ライアン』とか、最近だとサンプリングから出来た映画であるタランティーノの作品がまた引用されたりして、そういうのもおもしろいんですが、この『狼は天使の匂い』もそういう一本でした。

まぁ、後追いで観てるからなんですが、この作品すさまじいくらいに見えないところで影響を与えてます。あだ名で呼び合いながら犯罪者とは思えないポップなキャラクターは『レザボア・ドッグス』や『パルプ・フィクション』ようで、彼らが奇妙な共同生活を送ってるというところは『汚れた血』や『ときめきに死す』でもあり、本筋と関係ない遊びを執拗に繰り返すというのは『ソネチネ』『ザ・ミッション/非情の掟』『エグザイル/絆』で、最終的に映画は『男たちの挽歌』よろしくの男泣き溢れる展開になっていきます。正直、最後の方では涙が止まりませんでした。そうか『冒険者たち』にあって、『はなればなれに』になかったのはこれだったのか!

確かに犯罪アクションとしては、無茶苦茶ですが、それを補って余ある魅力に満ちあふれた傑作です。上記の作品群がオールタイムベストなぼくにとっては間違いなくベストテン入りの作品でした。同じように上記の作品群が好きな方は絶対に観てください。心の底からオススメです。あういぇ。