マイルを貯めることがぼくの人生?『マイレージ、マイライフ』

Twitterやらなんやら一部の間でかなり話題になった『マイレージ、マイライフ』を遅ればせながらBDで観た。

解雇通告人として年間に322日も出張しているライアンは人生をバックパックに例え、不必要な荷物は入れないということをモットーに各地で講演もするほどのプロフェッショナル。彼は複雑な人間関係を嫌い、結婚は人生の墓場だと思ってるため恋愛もその場限りの関係を望んでいた。彼の人生の目標はマイルをひたすら貯めること。故にこの仕事を天職だと考えていたが、ある日新入社員の女の子ナタリーが発案した出張費削減のためのウェブカメラによる解雇通告システムを導入すると聞いてさぁ大変。せっかくマイルを貯めるために楽しみながら出張しているのに、もしこれが導入されてしまったらマイルが貯められないのだ!「この仕事のなんたるかを分かってない!だいたいネット世代の小娘に何が出来るっていうんだ!?」とナタリーを説教するライアンだが、逆に上司からナタリーの教育係を命じられることになる………

ほぼ会話だけで映画は進んでいくが良作。ライトマン監督の前作『JUNO』では映画的に奇を衒った演出が目立ったが、今作では役者の演技を真っ正面から捉え、そこから生まれるドラマを丹念に紡いでいくという巨匠の風格。笑えるシーンを散りばめながらも、コメディにしなかったことでビターな味わいをより深く堪能出来る。映像は青みががっており、やや冷たい印象を持つがこれが主人公のキャラクターにマッチしていて妙に小気味良く、各地を移動するという設定が物語の推進力になっているどころか、あまり代わり映えしない映像を節目節目でキチっと締める効果を生んでいる。各キャラクターの心情を代弁するかのような音楽の使い方もパーフェクト。解雇通告人というキャラクターを使って描かれるのはクビにされていく他者の人生観であり、わざわざ彼氏を追ってきて解雇通告人になったナタリー、ライアンとカジュアルな付き合いをする謎の女アレックスなど様々なキャラクターの心情や声を通して観客に「あなたが人生に求めるものは何か?」というのを説教臭くなく問いかけて来る。

今作でおもしろいなと思ったのはずばりストーリーだ。

この手の物語であれば、無慈悲な解雇通告人ライアン自身が解雇という挫折を味わい、改めて人とのつながりを実感してから、溜め込んだマイレージを駆使して這い上がって行くというのが定石だろう。ぼくもてっきりそういう物語になるんだろうと思っていた。ところが、この映画ではそうはならない。あれよあれよと言う間にルーキーとベテランのバディものへと変貌していき、ことごとく観客の予想を裏切っていく。

インセプション』の時にもちらっと書いたが、本来ならばライアンと組むナタリーの方が主人公にふさわしいキャラクターなんだと思う。彼女に焦点を合わせると、心理学を専攻し大学を主席で卒業したエリートが、解雇通告人という過酷な職業と向き合い、実戦で大きな挫折に合いながらも、ライアンと心を通わせながら成長していくという物語になるのだけれど、これまたそうはならない。この辺の外し方も新鮮味があっておもしろかった。


ここからぼくなりのラストの解釈。なので盛大にネタバレなんだよー。


観た人によって解釈が分かれる(ように出来ている)ラストだが、監督自身は音声解説で「この映画で問いかけたかったことはあなたは人生何を求めるかということ。だからラストでジョージ・クルーニーが仕事を辞めたと解釈しても、続けると解釈しても両方正解。だからラストは自問自答出来るように空のカットにしたんだ。」と言っている。

結局新しいシステムを導入する以前に事件を起こしてしまったライアンとナタリーは、二人共この仕事の意義について考え出す。結局ナタリーは何も言わずに会社を去るが、残されてしまったライアンまでも仕事を辞めるというのは考えにくい。何故かというと、彼女には若さがあって、将来があるが、ライアンにはそれすら残されていないのである。彼は複雑な人間関係を嫌いながらも孤独には耐えられないキャラクターなので、飛行機の中や空港など常に人がいる場所が彼の帰るべき場所であり、掲示板に書かれているところに向かうことでしか帰れる場所がないという、冷静に考えると寂しくもくたびれる人生なのである。

原題は「上空で」や「有頂天になる」などの意味もあるが、同時に「宙ぶらりん」という意味にも取れるため、マイルを貯め切ってしまった彼はこの仕事がホントに天職なのかよく分からないまま、目的地という場所に帰っていくのだ………まぁ、後に家族を大切にしたり、人との繋がりを重んじたりするようになると思うけどね。


ネタバレ終了。


それにしても『ラブリーボーン』や『第9地区』『ハングオーバー』『インセプション』『シャッター・アイランド』など今年日本で公開された洋画は物語の定石を意図的に外してるような作品が多く見られる。その中でも『マイレージ、マイライフ』はまたちょっと特殊な部類に入ると思うので、是非腰を据えてじっくり堪能していただきたいなと思った。おすすめです。あういぇ。

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