日本映画の中でもトップクラスの傑作『沓掛時次郎 遊侠一匹』

映画を観ていて美しいなぁと思う瞬間が多々ある。

いわゆる、マジックアワー的な美しい映像とは別に、映画全体が美しいと感じる作品が古き良き時代の日本映画には溢れている。

東海道四谷怪談』は究極に怖いのに、映画全体が美しさに溢れ、その怖さですら崇高なものに感じてしまうし、それは『山椒大夫』にしろ、黒澤明の『生きる』にしても同じなのだが、近年、テレビ屋の企画が先行し、日本映画もダメになったと言われる中、この時代の日本映画を改めて観ると、「ああ、日本映画というのはこれだけ素晴らしく、とても美しい映画をたくさん作って来たんだなぁ」と後追いながら思わされてしまうのだ。

そういった日本映画独自の美しさに溢れた作品が多々あるなかで、人間の醜さも含めて「人間って美しいじゃないか」とストーリーから映像から演技から訴えかけてくる作品がある。それが加藤泰監督の『沓掛時次郎 遊侠一匹』だ。

この作品は未来永劫、とてつもない輝きを持って光続ける大傑作で、今観てもまったく古さを感じさせない、むしろ今の時代に観るべき作品であると言い切れるのである。

奥で捉えるローアングルの構図は全カット計算されつくされており、立体的な映像はこちらに飛び出してくるかのよう。特に、カットを割らずに手前と奥でまったく違う動きを演出する殺陣はすさまじく、そのようなオーソン・ウェルズばりの映像遊園地があちらこちらに散らばっており一瞬も目が離せない。映像だけではなく、恋愛映画として素晴しいのはもちろんのこと、義理人情、迫力の殺陣、笑いと涙など映画的興奮が90分の中にこれでもかと詰め込まれていて、娯楽映画としてもパーフェクトである。

渥美清狂言回しに使った前半でテンポを掴み、そのテンポで沓掛時次郎のキャラを一気に説明するというこの冒頭からの流れが素晴らしい。あれだけの膨大なセリフをさらっとしゃべくる渥美清も芸達者だなぁと感じさせるが、沓掛時次郎というのがどういう人間なのか?というのを30分くらいで楽しませながら観客に分からせる。それは当然後半にも活きてくるわけなのだが、その前半から中盤で、観客の期待を良い意味で裏切り、ガラッとテンポとトーンを変えてくるあたりもさすがだ。説明を説明に感じさせず、そのキャラクターも裏切りに使い、映画的なおもしろさに変えるあたりはうまいとしか言いようがない。

そしてなんといっても中村錦之助である。殺した相手の女房に惚れてしまうが、その気持ちを押し殺す演技がとにかく秀逸。表情や声のトーン、口調、すべて完璧で、それまでのプロセスを旅館の女将に話すシーンは涙なくしては見られない。すべてのシーンがエモーショナルなのは、映像の美しさもさることながら、彼の演技が素晴しいというのもあるだろう。決してヒーローではない沓掛時次郎の魅力的なキャラクターによって、この崇高なまでに美しい話をグッと手元に引き寄せる。剣の腕はすごいが、愚痴をこぼし、人間としての弱さも兼ね備えているという異色のヒーロー像を見事に演じ切っているのである。

――――と、まぁ、それ以外ではストーリーに言及しなければならないのだが、残念ながらストーリーについてはあまり語れない。それほどまでに展開もジェットコースターで、ドンデン返し的な仕掛けがあり、グイグイ引き込まれていく。強烈なスプラッター描写に引く人もいるかもしれないが、とにかく観て損なしとしか言いようがない、完璧に構築された映像美に打ち震えろ、必見。あういぇ。

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