二人の男女が山小屋で言い合いをする映画『アンチクライスト』

アンチクライスト』をレンタルDVDにて鑑賞。

夫と枕を交わしている最中に息子を亡くしてしまった妻がだんだん狂気に陥ってしまうというのがザックリとしたあらすじ。“アンチクライスト”というタイトルと、原題の最後に「♀」が付いてるように、いわゆるひとつの「女は悪魔である」という作品。

冒頭、映画のすべてが隠されている重要なシーンが出て来るが、この5分間がホントにホントに素晴らしい。パキっとしたモノクロのスローモーションは有名な写真家の代表作を延々見てるような恍惚とした美しさがあり、何度も何度も観たいし、観ていたいと思わせるが、そこで描かれていることはとてもえげつなく、とても人間的で、とても罪深いことだ。

絵画的な美しさの中、二人の役者が延々叫び、延々諭し、延々肉欲に溺れ、その成れの果てに……ということからも分かるように、映画的でありながら、とてつもなく人間臭い二人芝居のような作品で、その対比がそのまんま主題に結びついている。解釈うんぬんはさておいて、そのやりとりがスリリングであったし、美しい映像が延々続いていくので、それにまず圧倒されること必至。特に狂気と哀しみと苦しみをすべて表現しきったシャルロット・ゲンズブールの演技は本当に必見だ。

ラース・フォン・トリアーは映画的な主題を映画的ではない手法で撮りあげていくというイメージがあったが、今作では逆で、映画的ではない主題をものすごく映画的に撮りあげてるように感じた。スローモーションの多用やジャンプカット、極端なズームアップ、ズームアウトなど、映画的な手法にこだわったシーンがいくつか見られたが、それがその証拠と言える。

さて、この作品。断片的なイメージと少ない情報量、そして宗教的な背景が絡んでいるため、如何様な解釈も可能だし、なんのこっちゃ分からんという感じだろうが、ざっくり書くと、肉欲に溺れることは「罪」だということを子供が死んでしまったことで自覚して、そんな自分を罰するために、悪魔になろうとするのだけれど、肉欲は捨てきれず、さらに旦那も愛しているので、なかなかそこにたどり着けない。ところがそれを阻止しようとする夫は私のことをなんもわかっちゃいなかったということに気づき、夫に対する愛情よりも自らの中にある悪魔がむき出しになってきて、その夫に対してムキー!ってなって、もうダメだ!アレするしかない!っていって、アレするという感じ。めちゃくちゃざっくりだが。

さらに、妻は息子に対してそこまでの愛情がなく、「息子亡くしたことで悲しんでるアタイどうですか?」みたいなことでどんどん深みにはまっていく。一方夫は、妻は息子を亡くしたしまったことで悲しんでいるんだと思っているので、「どうして俺の言うことが分からないんだ!いいからこういう風にしてくれ!そうすれば治るから!」と一方的な支配をするようになり、やがて妻はそれに反抗しだす――――映画はそういったやりとりに90分以上割かれている。最初旦那は妻からのセックスを「セラピストは患者とセックスはしない」という理由で拒んでいるが、それは肉欲は罪であるということを子供が死んだことで悟っているようにも見える*1

「混沌が支配する」という言葉が印象的に出て来るが、映画は混沌の極みといってもいいくらい、様々な要素がバームクーヘンのように重なり合っている。作品がシンプルであるが故に、掘っても掘っても底が見えない。実際良く分かってない部分も点在しており*2、外側にある教養を身につけてから再度挑んでみたい作品、その価値は十二分にあると言えよう。

というわけで、一度観て、なんとなく分からないながらもスリリングだった!という人はソフトを買って何度か観るとより良いと思われる。監督が鬱に悩まされていたこともあり、とても個人的な脳内イメージをコラージュしていったものとも解釈出来るし、さらに言うと、ウィキペディアには『「悲しみに暮れるカップルが森の中の小屋に引きこもり傷心と結婚生活のトラブルを修復しようとするが、自然が牙を向き事態は悪化していく」というコンセプトのホラー映画』と書いてあったり、やっぱりつかみどころがない――――っていうかホラー映画だったのかよ!あういぇ。

アンチクライスト [DVD]

アンチクライスト [DVD]

*1:結局後でヤルことはヤルんだが

*2:足になんか付けてるとか、ラストとか