おにぎりという爆撃『南極料理人』

南極料理人』をDVDで鑑賞。

ひょんなことから南極観測隊員の調理係に任命されてしまった男の奮闘記――――というのがあらすじのようなものだろうが、実のところ中身は今流行りのスローライフ/フード系譜に連なる作品。いわゆるフードスタイリストが作ったウマそうな料理が出て来て、それを食べた人が幸せになって、というこれと言った物語があまりない「アレ」である。

――――とまぁ、軽く茶化すような言い回しで書き始めたが、なんとこれが大傑作。南極観測での日々をゆるーく描くのかと思いきや、作品は『狼は天使の匂い』に通ずる、いい歳した男たちが“ごっこ”遊びを本気でし続ける男泣き必至の展開で、さすがにギャングは出ないし、誰かがエイリアンにのっとられて疑心暗鬼になるということもないが、そのごっこ遊びが徹頭徹尾二時間詰まっている。系譜こそ違うものの、北野武の『ソナチネ』沖縄パートを南極でやっているという感じ。『ソナチネ』のヤクザたちとは違い、彼らには帰る場所はあるが、任務完了までは逃げ場がなく、故に終わりまでそのごっこ遊びを続けなければならない。

もちろん任務は大変なものであり、みんながみんな投げ出して帰りたがり、神経をおかしくする人も出て来るわけだが、その設定が遊びを続けなければならない理由としてうまく機能している。もちろん本当の任務を知ってる人からすれば、ヌルいよという風に写るのだろうが、ウクレレを使ったほんわかした音楽や役者たちの気の抜けた演技のおかげでそのヌルさすらも武器にし、映画の魅力になっている。

主演を演じた堺雅人がハマり役。自分にはある程度言いたいこともあるのに、それを押し殺して、場の空気が壊れないように屈託ない笑顔を浮かべるわけだが、これは彼にしか出来ない演技であり、これを軸にして、脇を固めるメンバーが好き勝手演技しているので、その緩急が絶妙だ。

南極と基地の中と外観しか写らないので、映像も限られて来るわけだが、カメラワークがお見事。特に食事のシーンはカットを割らずに長いワンテイクで複数人をワンフレームに収め、セリフもなく表情の変化だけを捉えているわけだが、このシーンはさぞ苦労しただろうと思われる。

というのも、亡くなった伊丹十三監督が「何回も演技して良くなる人と何回も演技したら悪くなってしまう人が同時に同じフレームに入ってる時はとても苦労する」と言っていて、それが何度も何度も映画の中に出て来るからだ。

基本的にこの作品は、すべてのワンテイクが長く、その一挙手一投足は複雑極まりないものばかりで、観る人によってはいちいちそれに圧倒されることだろう。カットを割らないことでほんわかした食卓の風景や仲間たちのやりとりを演出しようとしたのだろうが、そう言った技術面の完成度もかなり高い。

というわけで、ホントに何気なくしれーっと観たのだが、グイグイ引き込まれて、2時間があっという間だった。個人的には邦画のオールタイムベストである。その日の内に二回観てしまったのだが、これはどこから観てもいいし、どこでやめても問題ない。何度観ても飽きの来ない作品で、間違いなく手元にDVDを置いておいて損はないと思われる。おすすめ。あういぇ。

南極料理人 [DVD]

南極料理人 [DVD]

ごはんにしよう。―映画「南極料理人」のレシピ

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