『気狂いピエロ』って何がおもしろいの?


先日、職場の人と話していたら、思いがけない方向から映画の話になり、なんとなくゴダールの話になった。その人は『アメリ』を観てからフランス映画に興味を持ったらしく、有名ってことで『気狂いピエロ』を手に取って観たらしい。そこでいきなりこう振られて、思わず固まってしまった。

ねぇねぇ『気狂いピエロ』って何がおもしろいの?全然分かんなかったんだけど。

これは非常に困った質問である。なぜならば『気狂いピエロ』は別に「おもしろい」映画ではないからだ。

しかも、この映画が生まれたいきさつを説明するのが非常にめんどくさい。「いや、これはまずハリウッドシステムってのがあってね、それをリュミエール兄弟やグリフィスの時代に戻そうという運動が……」なんてことを言い出したらドン引きされそうである。

確かにこの『気狂いピエロ』はそれこそ「考えるな!感じろ!」と言われてるような雰囲気もあって、ぼくも他のゴダール作品については書いているが、実は『気狂いピエロ』についての感想は一切書いていない。何を書いたらいいのか分からないということもあったが、この機会に改めて『気狂いピエロ』について書いてみようと思う。

よく言われているのは『気狂いピエロ』は引用で出来ている映画だということだ。

セリフの数々や唐突に差し込まれるポエムのようなものもさることながら、ジャンル――――アクション、バイオレンス、ミュージカル、メロドラマ、ロードムービーのごった煮と言われ、ラストカットは『山椒大夫』をそのまんまやってみたり、色調はバンドデシネの原色感みたいなものを再現し続ける。唐突に人が死に、何の説明もなく死体が転がったりするが、それですら「あれは画面に赤い色を出したかったんだよ」といかにも芸術家な返答があったり、実際主役を演じた二人も「何を撮ってるのかわからん」と言っていたりするのだ。

タランティーノ以降、映画でサンプリングをやっていいんだという風潮ができてきたが、それを遥か前にゴダールはやっていたということになる。タランティーノは「ゴダールは好きだったが、卒業した。いつの間にか追い越していたという感じだ」と後のインタビューでは言っていたが、『フロム・ダスク〜』を撮るか撮らないかくらいの時期に出た書籍ではゴダールについて存分にその愛を撒き散らしている。

しかし、ヌーベルバーグが起こした衝撃と究極のアマチュアリズムなど、映画本編とは関係ない外側の知識と時代性みたいなものをひっくるめてこの作品を語るのは今更の感もある。それこそ、先日言われたようにそれとは関係なくこの映画の良さみたいなものをうまく伝える術はないだろうかと考えていたら、ある映画と結びついた。それが2012年に公開された低予算映画『ベルフラワー』だった。

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ベルフラワー』は主人公が彼女に浮気され、失恋の痛みを抱えながら、世界なんてほろんでしまえばいいとか裏切られた女とその男を殺したい、そして自分も死んでしまいたいという妄想を繰り広げる作品であるが、よくよく考えると誰もが一度は通るであろうこのプロットを『気狂いピエロ』はそのまんまやっている。

つまりだ。この『気狂いピエロ』という作品は『ベルフラワー』の主人公が成し遂げられなかった――――もっと言ってしまえば普通の人がやりたくても出来なかったことを成し遂げてしまう作品なのである。

気狂いピエロ』には魅力的なシークエンスがあるが、プロットだけ抜き出せばこうだ。

ある男が元カノと出くわして、ときめいて、一緒に旅をするんだけど、その元カノには他の男がいて、裏切られたと逆上し、女を殺して、自分も死ぬ。

これはさらにこういう風に深読みすることも可能だ。もしかしたらゴダールは当時アンナ・カリーナにたいして抱いていた感情をそのまま『気狂いピエロ』にぶつけたのではないか?

アンナと別れたあと、失恋の苦しさから逃れられるわけもなく、さらに仕事上で彼女と会わなければならなかったゴダールの胸中は複雑で、すべてほっぽらかしてふたたびアンナと一緒になってこの世から逃げたいという願望があったのかもしれない。もし別れた原因がアンナの浮気だったとして、その鬱屈した怒りもそのまま映画で再現した。それがあのラストということになれば、なるほど、とても納得のいく話である。

というわけで、なんともフワっとした着地になったが、これから『気狂いピエロ』のことについて聞かれたらこう答えることにする。

「あれは監督が当時あの女優さんのことが好きだったんだけど、浮気されてフラれて、ぶっ殺して、オレも死んでやる!ってのをそのまんまやった映画なんだよー」

………うーん、なんか強引すぎる気も……っていうか、それ以前に押井守なんかは「映画監督になろうという人以外は観る意味ない。一般的な意味での観る価値っていうか、楽しい時間をすごそうと思うんだったら観る必要ないです」って言い切ってたりするしなぁ……

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