「ギムレットには早すぎる」はどうなる?『さらば愛しき女よ』

浅野忠信、日本版フィリップ・マーロウに!「ロング・グッドバイ」ドラマ化 : 映画ニュース - 映画.com

奇しくもこんなニュースがTwitterに流れてきてビックリしたのだが、ホントに偶然ロバート・ミッチャム主演の『さらば愛しき女よ』を観た。

なぜこのタイミングでレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』をドラマ化するのだろう。しかも日本が舞台で時代設定はそのまんま。名前もフィリップ・マーロウではなく、増沢盤二というキャラクターになるという。とはいえ、長いあいだ『長いお別れ』として親しまれてきたこの作品が改めてドラマ化されるというのは大きな意義がある。なぜかというと最初の映画版はロバート・アルトマンの手によってまったく別なものになってしまったからだ。

誤解があるような書き方をしてしまったが、ぼくはこのアルトマンが映画化した『ロング・グッドバイ』が大好きで、ハッキリいってこの映画を観てからレイモンド・チャンドラーという作家を知り、そこから作品を読みはじめファンになった。村上春樹の翻訳もかかさず読んでいる(といいつつ『大いなる眠り』は途中でやめてしまった。必ず読みます)。原作は原作で素晴らしいが、このアルトマンの映画版は映画版で、批評性も含めまったく的外れな映像化ではないように思える(とはいえラストにはとんでもないしかけがあるわけだが)。公開当時原作ファンはガッカリしたらしいが、いまとなってはこのエリオット・グールドのマーロウがいちばんマーロウらしいんじゃないかという意見もあるようだ。実際松田優作はこの作品に惚れ込み、テレビの『探偵物語』や『横浜BJブルース』を製作した。未見の方は是非観ていただきたい。

話を『さらば愛しき女よ』に戻そう。

チャンドラーの小説世界の一番の魅力は何か?と聞かれれば、それは本筋とはまったく関係ない細部の描写ということになるのだが、この70年代版(過去に二回映画化されている)は作品が書かれた40年代の街並の再現もさることながら、なんでこんな設定にしたんだろう?という奇妙奇天烈なキャラクターを、仕草なども含め完全に映像に移し替えることに成功している。知り合いが『L.A.ノワール』みたいだったといっていたが、それもなんとなく頷ける話なのであった(実際ロックスター社は『L.A.ノワール』を作る際に参考にしたようである)。完璧な映像化を目指したのはアルトマンが撮った『ロング・グッドバイ』がまるで別物だったからではないか?とぼくは想像する。プロデューサーから「ああいうのはやめてくれ」と監督に指示などあったかもしれない。

ただ、ある程度作品を俯瞰してしまったがために、チャンドラーのなかでも一、二位を争うくらい多彩なキャラクターがでている本作において、そのシーンが尺の関係ですべて短くなっていたり、丸々カットされているのは非常に惜しいといえる。唯一アル中のジェシーのくだりが完璧に再現されてるくらいで、あとはすべてわりとダイジェストのように扱われる。あと驚いたのはマーロウを拷問するおばさん。あんなヤツ原作にいたっけか?映画オリジナルか?だとしたらそれはそれでチャンドラーが書きそうなキャラクターなのですごい。

他にもラストが大分変更されていたり(アルトマンの『ロング・グッドバイ』もそうだが、基本マーロウという私立探偵は拳銃を抜かないので有名なのだ)、ムース・マロイが完全な添え物になっていたりと、いくつかいいたいことはあるが、これはあくまでぼくが原作小説が好きすぎるという感想でしかないので聞き流していただきたい。ぶっちゃけあの『さらば愛しき女よ』をここまでのクオリティで誰もが納得する形で映像化できたことは奇跡に近いといっていいのである。

しかし監督がアルトマンの『ロング・グッドバイ』をどう思ってたかは不明だが、音楽の入れ方やクレジットの出し方など、やっぱり意識してる部分はあるように思った。そのアルトマンが90年代に34年の街並を完全再現したハードボイルド調の『カンザス・シティ』を撮るというのはなんとも不思議な話だ。

このあとプロデューサーのエリオット・カストナーは再びロバート・ミッチャムを起用し、もうひとつのチャンドラーの代表作『大いなる眠り』を映像化しているようである。チャンドラーの代表作であるこの三作を映像化したかったというのはよくわかる話で、しかもその内のふたつはすでに映画化されているだけにプロデューサーとしてはその映像化に満足していなかったのだろう。ちなみに『大いなる眠り』はなんと日本未公開でいまだにDVDが出ていないらしい。

ホントにたまたまということになるのだが、ここまでぼくのなかでチャンドラーが盛り上がっているのでホントにドラマ版の『ロング・グッドバイ』が楽しみで仕方がない。アルトマン版も大好きだが、唯一あの映画で許せないのは「ギムレットにはまだ早い」をカットしたこと。はたして日本版ではいったい何に変わるのか………

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