ヒッチコック映画の決定版『北北西に進路を取れ』

北北西に進路を取れ』を音声解説で鑑賞。

最近「昔観ておもしろかったんだけど、いまひとつ細部を覚えてない名作を見返す」ということをやっていて、その流れで久しぶりに観ようと思ったら、DVDに脚本家の音声解説とメイキングがついていることを今更知り、それで観てみようと思った。

注・ネタバレしてます。

元々は「ラシュモア山でのチェイスを撮りたい」というヒッチコックの一言から企画がスタート。当時、新人で元々ヒッチコックファンだった脚本家のアーネスト・レーマンは「誰が誰を追いかけるのか?どうやってラシュモア山にたどり着くのか?」など何も考えずに執筆をはじめた。さらに打ち合わせ段階で「ウィットに富み、洗練され、魅力に満ち、アクションがあり、舞台が変化する映画にしてほしい」といわれ、それに応えるようにレーマンは「ヒッチコックの決定版にしたい」と数ヶ月推敲を重ねた。その脚本の出来にヒッチコックは感激し、4ページに渡る手書きの手紙をレーマンに送ったほどだった。その気概はしっかり観客に伝わり、フランソワ・トリュフォーは「アメリカ時代のヒッチコック作品の決定版」とヒッチコックの前で断言し、映画を研究している学生たちは「ヒッチコックで一番好きだ」と口を揃えてレーマンに伝えた。

とはいえ、話が話だけにケイリー・グラントのセリフは説明的であり、そこが気になったのか、グラントは誰にも文句がいえず、若くて脚本自体を書いたレーマンに意義申し立てた。レーマンは「彼は威圧的ではなく、いいヤツだった」と語っているが、なぜかそのあとになんの文脈もなく「ケイリー・グラントは麻薬常習者だったんだよ。撮影中はやってなかったけどね」と意味深に語っている。

プロット自体はある映画ライターの「架空のCIA工作員がいるって話を知ってるか?そうすれば本物の工作員が悪党に殺されないんだ」というパーティーでの会話からヒントに、架空のスパイに間違えられた男がどうにかしてラシュモア山にいくという設定にした。国連本部や飲酒運転で逮捕されたときどのような流れになるのかなど、レーマンは徹底的にリサーチし、脚本にリアリティを加えていった。

しかし、この作品、中盤でCIAの人間が言っているが「そもそも存在しない、誰も見たことがない人物にケイリー・グラントはなぜ間違えられたのだろう」という、軸にならなければならない部分に無理がある。それだけでなく、なぜでっちあげた工作員の部屋の中に国連の人物が写っている写真が置いてあるのか?レナードがイヴに指示する公衆電話の番号はどこで知ったのか?事故死に見せかけなければならないのになぜ農薬散布の小型飛行機は銃撃を行ったのか?など、細かい部分でつじつまが合わないところがある。

だからといってその欠点がこの作品の価値を下げることなどない。誰が観ても文句なしにおもしろい観客巻き込み型サスペンスアクションの最高峰。「私は食事の後にメイク・ラブをするのよ(あまりに過激ということで音声だけは変えられている)」というセリフやラストのトンネルという穴に列車というおちんちんが……など下ネタも華麗に決まっている。

参考資料:『北北西に進路を撮れ』アーネスト・レーマン音声解説、メイキング。晶文社『定本 映画術 ヒッチコックトリュフォー