キューブリックで好きな作品は?
この質問を映画好きの人にすると、だいたい返ってくるのが『時計じかけのオレンジ』とか『シャイニング』である*1。他にも『2001年宇宙の旅』や『フルメタルジャケット』なんていう人もいるかもしれない。
確かにこの4本は偉大だ。映画史に残るといっても過言じゃないのは皆様ご存知の通りだろう。ただ、ぼくの好きなキューブリック作品は、初見から今までずーっと『バリーリンドン』と『現金に体を張れ』であって、特に前者はオールタイムベストワンとして、いまだに燦然と輝き続けている。
ところがだ、ぼくが『バリーリンドン』と『現金に体を張れ』が最高だというと、決まって映画好きの人はこう返すのだ。
「あー!それ観てないんだよねぇ」
なぜだ?なぜ『バリーリンドン』と『現金に体を張れ』は観てる人が少ないのだ??
ただ『バリーリンドン』が観られてないのは謎だとして、『現金に体を張れ』に関しては納得出来る節があるので、今日はぼくのおすすめキューブリック作品として『現金に体を張れ』に関する思い出を話したいと思う。
『現金に体を張れ』が多くの映画ファンに観られてないのには理由がある。『現金に体を張れ』は劇場で公開されてからずーっとソフト化されてなかったいわば幻のキューブリック作品なのだ*2。
ぼくが『現金に体を張れ』の存在を知ったのは、映画にハマり始めてからすぐだった。当時ネットもなかった時代に頼れるのはビデオでーたーという雑誌とぴあが出していたシネマクラブという電話帳並みに分厚い本で、特にシネマクラブはあいうえお順に作品リストが並ぶ、映画の辞典だった。4000円近くする代物だったので当時15歳のぼくにはえらく高い物に感じた、ところが県立図書館にこれが置いてあったのである。ぼくは自転車をこいでは、図書館に行き、借りては返して、借りては返してを繰り返し、リストに載ってた映画をWOWOWやセルビデオを駆使して片っ端から観ていった。
そのシネマクラブは94年の物で、この当時は誰が決めたか知らないが、作品に★が付いていた。★4つが最高評価なのだが、採点が辛くて、4つ星が付いてる映画はそこまで多くはなかった。『2001年宇宙の旅』や『ワイルドバンチ』、『勝手にしやがれ』なんかがそういう作品だったと記憶してるが、『現金に体を張れ』も数少ない4つ星映画の一つで、それでこの映画にとても興味を持った。
ただ、その後に知るのは、『現金に体を張れ』がビデオ化されてないという事実だ。BSで放送したのもビデオ化されてからだったと思うが*3、いずれにせよ、『現金に体を張れ』はぼくにとって幻の映画の一つだったのだ。「ああっ!見たいぜ!見たいぜ!」と当時童貞だったぼくはセックスを経験することよりも遥かに『現金に体を張れ』を観る方が重要に思えた。『アイズ・ワイド・シャット』も当然観れる年齢ではなかったからもどかしかったなぁ。
ところが、タイミングとは不思議なもので、じぶんが映画に興味を持ち始めたのと同時期くらいにビデオでーたーのビデオ化情報のところに『現金に体を張れ』がビデオ化されるという情報が載っていた。多分99年くらいだったと記憶している。もちろん石丸電機に行って、発売日に購入した。
『現金に体を張れ』は当時27歳のキューブリックが撮ったハリウッドデビュー作である。競馬場の売り上げを売上金を狙って、集まった、それぞれのプロフェッショナルたちの顛末を描いている。ニュースフィルムを意識したようなナレーションとくせ者揃いの役者のアンサンブル、時間軸をずらした斬新な展開と様々な視点から同じ場面を描くというのはタランティーノのそれよりも遥かに早く、『ジャッキー・ブラウン』ではこの作品を意識したであろうシーンも出て来る。望遠レンズを使った撮影などこの頃から新しい技術を取り入れることに躍起になっていて、そのおかげで映像もダイナミック。わずか85分の作品なのにも関わらずキャラクター・スタディもバツグンで、キューブリック=革新的な映像技術だけと思ってる人は目からウロコになること必至だろう。
低予算で『現金に手を出すな』を意識した邦題から分かるように、恐らく当時はそこまで話題にならなかったのかもしれない。実際コケたらしいし。だからソフト化も困難だったのかなぁ。
なんにせよ、『現金に体を張れ』はキューブリック作品の中でも何故か多くの人に観られてないので、あえておすすめしたい。ドン・シーゲルのようなタッチだが、やはりきっちり計算された完璧主義者のB級アクションなので、キューブリックが苦手な人にもおすすめだ、あういぇ。
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