復讐される悪人の視点から描く『片腕カンフー対空とぶギロチン』
60年代の終わりに香港映画界で『座頭市』に影響を受けた『片腕必殺剣』という作品が大ヒットを飛ばす。ハンデキャップがある主人公が敵をバッサバッサとなぎ倒していくという設定は、映画としてのカタルシスがあり、香港の観客にも受け入れられたのだろう。
当時、様式的な美しさを持った血みどろな武侠映画が全盛期だっただけに、『片腕必殺剣』に主演したジミー・ウォングは武侠映画界のスターとなり、ジミーさん=片腕というイメージが定着していく。そんな中、彼が監督した『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』はその舞台をわりかし現代寄りにし、武器を使うことよりも拳闘をメインにしたアクションを演出した。これがさらに大ヒットしたことで、香港映画はその後、カンフーアクション映画という独自のジャンルを築き上げていくこととなる。
そんなパイオニアであるジミー・ウォングの『片腕必殺剣』カンフーバージョンとも言えるのが『片腕ドラゴン』であり、その映画の続編が『片腕カンフー対空とぶギロチン(以下、空とぶギロチン)』というわけなのだ。
『片腕ドラゴン』は師匠を殺され、片腕を切られてしまった主人公が特訓をして復讐を遂げるといういわゆる復讐劇であったが、続編である『空とぶギロチン』は、その前作で倒されたキャラクターの師匠であるギロチン坊主が片腕ドラゴンに復讐しにやってくるという、復讐される側の恐怖と戦いを描いた斬新な設定が特徴。
異種格闘技戦が開催され、そこに各国の達人たちが集まっており、そこに片腕ドラゴンも出場するだろうという坊主の読みから、彼らは相対することになる。その坊主だがタイトル通り、鎖の先端に刃物がくっ付いてるの帽子のような物が付いたギロチンボールなるものを操る。あまりに武器が強力すぎるため、ギロチン坊主は盲目という設定にされてしまい、結局この作品は片腕と盲目のハンデキャップを持つもの同士が戦うという違う意味の異種格闘技戦も見られるのだ。
映画がおもしろければなんだってアリ!と言わんばかりにジミー・ウォングは様々なトンデモシークエンスをぶちこむ。少年漫画よりもこちらのほうが荒唐無稽という意味では早いのかもしれない。小さいダイナマイト、かごのふちを歩く、忍者のように壁を歩く、剣の先を裸足で立つ、手が伸びる、殴った相手が屋根を突き抜けて飛んでいくなど、そのイマジネーションは『カンフーハッスル』よりも遥かに早い。あまりの突拍子のなさに観ている間は唖然とするだろうが、この作品があるからこそ『カンフーハッスル』はあのテンションになったともいえる*1。
とにかくこの作品、復讐される側の視点で映画が進むので、主人公が基本的には悪人である。いや、言い方が悪かった。悪い人というよりも、この人は人間の心があるのか!?というくらい卑怯な戦い方をするのだ。特に執拗に攻め続けるクライマックスは卑怯の極み。ムエタイの達人が襲いかかって来る場面があるのだが、そのムエタイ男と闘う時は相手が裸足だから、鉄板を敷いた小屋に閉じ込めて、火を放ち、逃げられないように弟子達に槍を持たせ、窓から刃先を向ける。ここまでするのなら、いっその事、全員で突き刺した方がよっぽどマシだと言えよう。小屋の下から火を点けているので、鉄板は熱くなり、倒されたムエタイの達人は熱い熱いと悶えながら死んでいく。これだけでなく、他にも飛び出す斧を仕込んだり、刃物を服に隠してたり、映画の主人公とは思えないほど卑怯な技のオンパレード。笑顔が素敵な涼しい顔のジミー・ウォングだから成立する世界だろうが、冷静に考えるとやってることは武道の精神に反するものばかりである。
とまぁ、荒唐無稽もいいところだが、実はこの作品は日本のゲーム界に多大なる影響を与えているのだ。異種格闘技大会はそのまんま『ドラゴンボール』の天下一武道会に、腕が伸びるヨガの使い手は完全に『ストリートファイター2』のダルシムに、鷹爪拳の使い手を演じたヒロインのドリス・ルンは『バーチャ』のパイ・チェンに、ギロチン坊主の衣装は少林寺の師匠の服のようだが、無理矢理言えばこれはレイ・フェイにそれぞれ影響を与えている。
とてつもなくアホっぽい作品だし、観ててもつい突っ込んでしまうくらいの緩い作品ではあるが、その緩さも含めて、とにかくこの作品はクソおもしろい。映画単品では前作である『片腕ドラゴン』の方が出来はいいと思うが、観客に面白いもんを見せてやるというパワーは無限大。日本でも数年前にジミー・ウォングをゲストに呼んで上映されたくらい世界各国にファンを持つこの作品。日本に来日した際、ジミー・ウォングは3を作ると語っていたが、もし作るとしたらCGは使わないで、全部アナログでやってほしいものである。あういぇ。
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