逆“晩春”『もらとりあむタマ子』

もらとりあむタマ子』鑑賞。新潟では二ヶ月近く遅れての公開となる『ゴッドタン』じゃないんだから*1

新潟にもカーブドッチというワイナリーがあるが、けっして大繁盛してるわけではなく、ある程度来る客を選ぶことで、ゆったりとした時間が流れるようなレストランや宿泊施設を経営し、客もそのゆったり感を楽しみながら超絶にうまそうなメシだけを食い、なにが起きるわけでもなくしれーっと終わるミニマムな映画「スローライフ/フード系*2」がいっとき大流行した。ぼくは好きでわりかし率先して観るほうだが、この手の映画で一番の謎は「この町に住んでる人はいったいどういう仕事をしてどういう生活サイクルを送っているんだろう?」ということだった。

それこそゲームの『どうぶつの森』が大ヒットするみたいなもんで、その辺のディテールは深く考えずファンタジーとして観ればいいだけの話だが、この住んでる人全員が年金で暮らしてるんじゃないかというような、いわゆる生活感がいっさいないのがなんとも不思議でそれでちょっとはいっていけないような作品もいくつかあった。しかしこの「どういう生活してるんだろう?」という部分を逆手にとって「ホントに何もしてない人」に置き換え、圧倒的なディテールで生活感を加えた映画が現われた。

それが前田敦子主演の『もらとりあむタマ子』である。

主人公のタマ子は東京の大学を卒業したあと実家でニートになる。そのニート期間の一年間を描いた「だけ」の作品。

主役がいまをときめく前田敦子ということもあり、そのスローライフ/フード系にアイドル映画を組み合わせるという意欲作で、基本的に彼女は料理に少しだけ凝っている親父のつくったメシをひたすら食って寝るだけを繰り返す。だってニートなんだもん。

最近でも『孤独のグルメ』が映像化されたが、こういう高級ではない庶民的なうまそうなメシをひたすら食うというグルメ番組なんだかドラマなんだかよくわからない作品がこれからどんどんあらわれるのかもしれない。実際『ワカコ酒』という『吉田類の酒場放浪記』の女子版みたいなマンガが大ヒットしているようだし(というか『孤独のグルメ』自体が『酒場放浪記』みたいな構成になっている)。

しかしそこは山下敦弘監督。それだけに終わらない。やや長めのワンカット、季節ごとに別れるエピソード、独特の「間」でクスりと笑わせるなど、全体的には『ストレンジャー・ザン・パラダイス』っぽいが、かつて映画評論家の荻昌弘が『ストレンジャー・ザン・パラダイス』よりも前にそれ以上のことをやっていると評価したように、独特の間でメシを食いつづけるシーンがメインという意味では『ときめきに死す』をも彷彿とさせた。

基本的にはフィックスによる画作りがメインで、後半「父の再婚話に揺れる娘」や「お父さんと旅行いくか?」「いや!絶対にいや!」というやりとりなど、小津安二郎の『晩春』の逆をいきまくる展開もお見事(っていうか、よくよく考えたらひとつ屋根の下で娘と二人で暮らし、いつまでも家から出て行かない娘を出て行かせるためにいろいろする親父ってそのまんま『晩春』じゃねぇかって話も)。キネ旬でも映芸でもベストに選出されたのはこの辺のシネフィル風味だと思われる。

確かになんてことない映画ではあるが、ロケも役者の演技も主題歌も何もかもが完璧。説明がいっさいなく役者の表情や所作などで感情を表すなど演出も巧み。なによりもしっかり山下敦弘監督の作品になってるのもよい。愛すべきシーンだらけの大傑作。

*1:新潟に限らないだろうが地方では東京の番組が二ヶ月近く遅れて放送というのはよくあることである

*2:かもめ食堂」とか「めがね」とか「ホノカアボーイ」とか