一万軒食べ歩くということは可能なのか?

人志松本の○○な話」という番組が好きでよく見ているのだが、この番組で食通として知られる芸人たちがうまい店を紹介する「よだれが出る話」という企画がある。

「すべらない話」同様、独自の話芸や表現でうまい店を楽しく教えてくれるわけだが、この番組のゲストで来栖けいという人が出演していた。

正直、この番組を見るまで、この人のことはまったく存じ上げなかったんだけども、調べるとレストランのオーナーしているわ、いろんな本も出しているわで、その筋ではかなり有名な人らしい。

さて、この「来栖けい」なる人物。番組でも紹介されていたが、なんと今までに「一万軒以上のお店を食べ歩いた」というのだ。しかもグルメリポーターでもなく、食べ歩きが趣味であり、好きでやっていたことだという。3歳ですでにフレンチデビューしていて、幼い頃から両親にレストランにたくさん連れて行ってもらっていたというから、その美食家ぶりはまさに筋金入り。しかも彼はまだ32歳。妙に可愛げのある爽やかなビジュアルも視聴者受けしやすいのか、最近はCMにも出演していて、この人が目につくようになってしまった。そもそも彼は大食いであり、いろんなところへ行ってバクバクと食べるのがかなり目立つらしく、その姿が飲食業界で噂になり、その噂を聞きつけた出版社が「本を出さないか?」とオファーし今日に至ったというわけである。

ここで気になるのは「一万軒以上食べ歩いた」という部分だ。果たして本当にそんなことが可能なのだろうか?

本を担当した編集者には「職業柄、様々なすごい人、優れた人に会ってきましたが、ここまで明らかに「並はずれた」人に会ったのは初めてかも」と言われ、グルメ評論家の山本益博氏には「わたしの仕事を超えてゆく新人がついに現れた」と言わしめるくらいの圧倒的な食べ歩き量だが、ぼくは「そんなに食べ歩けるもんなの?」と一瞬思いながらも「でも条件さえ揃って、やろうと思えば意外と行けるのではないか……」という風にも思ってしまった。

ということで、検証してみることにする。

食事というのは、生きてく上で必要不可欠な行為である。なので、軒数ではなく回数で言えば、誰しもが一万回以上の食事をしているのは明らかで、それを外食にするかしないかの違いでしかない。朝から営業しているお店は少ないと思うが、もし一日に三軒――――昼に一軒、その後3時のおやつにスイーツ的なものを出すようなお店で一軒、さらに夜にもう一軒とまわれば、十年足らずで一万軒は達成されることになり、仮に22歳からそれをしていても、一応可能な数字であることは分かる。しかもギャル曽根のごとく、大食いの素質が備わっていれば尚更で、昼外食をして、夜飲み会に行って二次会でもう一軒行き、さらにシメのラーメンを食べるなんてことは普通の人にもありがちなことで、それらも重なったら意外とハードルは低い。朝から夜中まで食べ続け、体重が10キロも変わる日があるというが、一日に三軒以上まわって大食いすればそうなるに決まっている。

来栖けいは25歳の時点で6000軒以上食べ歩いていたという。もし18歳で食べ歩きを始めて、一日三軒をキープしていたとしたら、7年間で7665軒は行ける計算である。逆に言えば、6000軒以上という数字は6年足らずで達成出来ることになり、やっぱりその時点でも不可能な数字でないことだけは分かるのだ。

グルメリポーターと比較してみよう。彦摩呂は一万軒のリポートをこなしたというのが有名であるが、彼のグルメリポーター人生は20年である。石塚英彦で「一年の半分はグルメリポートをしている」とのことなので、もし週に4日ほど食べ歩きの仕事があったとするならば、一万軒の数字を叩き出すには一回のロケで2.6軒を食べ歩くことであり、これまた不可能な数字でないことが分かる。当然20年もの間、きっちり週4日仕事があるわけではないだろうし、さらに昼間から夕方にかけて食べ歩くとなるとそれはそれで大変だろうが、得てしてグルメリポーターとはそういう仕事であり、彼は第一線で活躍するのが長いだけで、グルメリポーターとしては意外と平均的な数字なのかもしれない。

石塚英彦は5000軒〜6000軒食べ歩いていると「なるほどハイスクール」で紹介されていたが、同じように一年の半分食べ歩いてると仮定し、一日三軒食べ歩いたとして、5000軒だったとしたら、10年かからずその数字にたどり着く。彼の主戦場でもある「通りの達人」が始まったのは2000年だから、これまた意外と信憑性のある普遍的な数値であることが伺えるのだ。

と、このようにグルメリポーターと比較すれば数字は桁外れであるが、彼は仕事でリポートしているわけではなく、それこそ、一日中かけて食べ歩いている日もあるので、「やろうと思えば、まぁ出来なくもないかな…」という非常にモヤモヤとしてしまう結果になってしまった。結局一万軒以上食べ歩いたという来栖けいはすごいのか、すごくないのかよく分からない存在であり、どうもそのへんのインパクトにかけてしまうのだ。

それらのことを鑑みると、来栖けいよりも美食家として脚光浴びるべき存在の人は他にも存在するのではないだろうか?

例えばラーメン評論家として有名な石神秀幸。なんと彼が食べたラーメンの数は19000杯*1であり、来栖けいの一万軒よりも多い前人未到の数字であることがわかる。

おおっ!これはすごそうだ。じゃあ計算してみよう。

仮に一日に三杯のラーメンを食べ続けたとして、19000杯に達するのはなんと17年と6ヶ月。彼が現在、39歳で、仮に18歳から一日三杯のラーメンを食べたら……あら不思議。これまた意外と不可能な数字ではない。それどころか、今よりも4歳若い、35歳で達成してしまうことになる。ただ、これはあくまでラーメンだけのカウントであって、さすがにラーメンだけを一日三杯17年間食べ続けるというのは一万軒いろんな料理を食べ歩くことよりキツい……のかな……

「一万軒を食べ歩く方法」それは一日に三軒、休みなくいろんな店に行っていて、それを9年ちょっと続けるということで、来栖けい石神秀幸はそれをやってのけたということになる。そしてそれは一年の半分をリポートしているグルメリポーターより軒数が多い――――果たしてそれがすごいことなのか、美食家にとって普通のことなのかは、各々で判断していただきたいと思う。

――――ただ、ここまで書いて来て結論にたどり着いたが、どうしても気になる点がひとつだけある。それは、食べ歩きのための「資金」だ。本人は深夜のバイトをして、服なども買わずに、すべてその金を飲食につぎ込んだと言っているが、高校生の時に15000円のコース料理を食べたりしたということも匂わせていて、それだけでやっていけるのか?という疑問はどうしても拭えない。

ここで少しばかり奇妙な発言を紹介したい。来栖けいのグルメ本を担当した編集者のものだ。

「一体、食べるお金はどうしているんだ?」そうなのです。それが最大の謎なのです。おそらく何千万ではきかない程の額を使っているはずですが、2年前に社会に出たばかりの若者にどうしてそんなお金があるのか? 決して御曹司でも、IT企業の社長でもありません。親も知らないお金だ、ということです。宝くじ、競馬、競輪、株、遺産、すべてハズレです。「自分のお金で食べなきゃ意味がない」、ということなので、「パパ」に出してもらっているわけでもないのです。いくら聞いても教えてくれません。「自分は運がよかっただけですから」と言うのですが‥‥。どなたか、「きっとアレだよ」ということがわかったら教えてください。

うーん。なんという思わせぶりな書き方だろう。あえて謎の人物にしておくあたり………またしても川越シェフに続いて気になる人物が出来てしまったな……


参考にしたサイト

来栖けい(前編)| 天職見つけた!|バイト・シゴトのなんでもガイドan(アン)

ほぼ日刊イトイ新聞 -担当編集者は知っている。

美食の王様 ベスト200皿

美食の王様 ベスト200皿

*1:「新潟月刊こまち11月号」より