46ページの狂気!『バットマン:キリングジョーク』

『バットマン:キリング・ジョーク』を読んだぜ! - くりごはんが嫌い

前に書いた記事にアクセスがやたらあるなと思ったら、なんと「バットマン:キリングジョーク」でググると4番目にじぶんの記事が引っかかるのであった。にわかアメコミファンで、さらに洋書での感想なのに申し訳ない。

ということで、こないだ発売された『バットマン:キリングジョーク 完全版』を読んだ。

バットマン:キリングジョーク 完全版 (ShoPro books)

バットマン:キリングジョーク 完全版 (ShoPro books)

以前洋書で買ったものは「デラックスエディション」と銘打たれた再カラーリング版だったが、今回発売されたものは、それの完全翻訳。文字が多すぎて洋書では理解出来なかったブライアン・ボランドの『影なき市民』まできっちり収録されている。

さて、今回改めて読んで、やっぱり傑作だと思った。

圧倒的な文字数、そして看板や建物にまで意味を込めるアラン・ムーア作品の中でも『キリングジョーク』はかなりシンプル。そのページ数はわずか46ページ。だが、そのシンプルさ故に、『キリングジョーク』は強烈な匂いをプンプン放つ。

まず装丁が良く出来ている。表紙になっているのはカメラを構えているジョーカーの絵だが、実際、コミックの中で、ジョーカーはカメラを使っている。カメラを使ってるコマは出て来ないのだが、読み終わってから、内容を考えると、表紙で「スマイル」と言いながらカメラを構えてるジョーカーは怖過ぎる。次に本を開くと、地面に雨が当たってる絵がでかでかと出て来る。反対側も同じように出て来るのだが、この雨も重要で、『キリングジョーク』は水たまりに降る雨にライトが映るところから始まるのだけれど、コミックの最後では水たまりにライトが当たって、そのライトが消えて終わるのだ。このように装丁から世界観をキッチリ作ってることがよく分かる。

雨についても書いたが、構成も大変素晴らしい。構成力がずば抜けてるのは、他の作品群を読んでいただければ分かるが、『キリングジョーク』も例外ではない。「とある精神病院に二人の男がいた」というナレーションで始まるが、それがラストのジョークとリンクしているところも驚かされるし、今の時間から回想シーンに入る時のカットの構図がまったく同じで、回想シーンが終わって、今の時間に戻る時も、同じ構図で戻って来たりする。しかも回想でエビの足をブチブチ捥いで食べようとするのが執拗に出て来るが、よく考えると、その回想の間にジョーカーは、ある女の足を……

わずか46ページだが、そこにぶちこまれているのは狂気だ。バットマンやジョーカーの関係性はみなさん知ってるでしょ?と言わんばかりに余計なところを全部削ぎ落とし、狂気だけをぶちこんだ。実際バットマンがジョーカーを追うところはゴードンが洗脳されるシーンとのカットバックで、何の説明もなく絵だけでスイスイ進んでいく。そのくせ、ジョーカーが大演説をかますところはかなりのコマを要している。

ジョーカーは「この世で起こってることの方が、オレがやってることよりもよっぽど狂ってるよ」と問いかける。過酷な現代社会を生き抜く人間の存在は意味が無い。狂った世の中で理性を保つことこそ、実は狂気なのだとオーバーなアクションで突きつける――――すし詰めの満員電車に揺られ、カーニバルか!とつっこみたくなるくらいの人ごみを抜け、アホみたいな仕事を延々やって、さらに満員電車で帰って、家族サービス……その家族も次第に文句を言ってきたり――――冷静に考えれば、世の中で幸せと呼ばれてるものは意外と狂気と紙一重なのかもしれない。そう言った意味で『キリングジョーク』は『まぼろしの市街戦』にも似ている。



ここからネタバレ。


『キリングジョーク』でしびれるところはやはりラスト。強烈なジョークと一番最後のカットでバットマンはジョーカーの首を絞めてるようにも見える(実際には肩をつかんでるような感じなのだが)。解説では読者の解釈がかなり別れると書いてあったが、ぼくはやはりバットマンはジョーカーを殺したんだと思う。

アコログ ●どうでも良い解説:キリング・ジョークのラストのジョークについて。

こちらのサイトに“解釈”として、詳しく分析している記事があるが、今回の翻訳で「この光で橋を架けてやるから渡ってこい」となっているので、このジョークの解釈はかなり的を得てるんじゃないだろうか。

実際、ラストで水たまりに映った光は、橋のように映り、そして消える。助けてやると言った男も、光が消えたら落ちると思ってる男も両方狂人だ。前者はバットマンで後者はジョーカーだろう。ぼくの勝手な解釈だが、「どうせ途中でスイッチを切っちまうつもりだろ」というジョークを受けて「HA!HA!HA!HA!じゃあスイッチを切ってやろうじゃないか」と首を絞めた。だから、最後のカットで水たまりに映った光が消えるんじゃないかと。

さらに「刑務所に入るのが怖いから悪いことをしないだけ」と人間の自由意志と善と悪について描き切った短編『影なき市民』では、ジョーカーは出て来ないが、トゥーフェイスやペンギンなどが登場し、さらに主人公の想像(?)とはいえ、バットマンがラストに死ぬ。これが収録されてることで、ジョーカーを殺したバットマンも死ぬというリンクがなんとなく成立するのだ。



ネタバレ終わり。



それにしても、何度読んでもいろんな発見が出来て、いろんな解釈も可能な『キリングジョーク』はやはり素晴らしい。1800円と確かに値は張るが、もっともっと値上がりしてしまうかもしれないので、今の内に買っとけ!というコミックになっております。おすすめだ!あういぇ。

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