ジブリの異常な制作?

NHKで放送した『ジブリ制作のヒミツ 宮崎駿と新人監督 葛藤の400日』がとてもおもしろかった。

一言で説明すれば『アリエッティ』のメイキングなのだが、これが本編以上にスリリングで泣ける感動巨編で、一人の監督が映画を作って完成させるまでを追った物語としてとても秀逸な出来だったと言える。


さて、今回この放送を観て知ったのはジブリの異常な制作体制だった。


ハッキリ言って、ぼくは他のアニメ制作会社がどういう風にアニメを制作しているかは知らないし、アニメーターは給料が安いだとかいろんな噂も聞くので、「他の会社がどういう風に作ってるのかも知らないで勝手なことぬかすな!」と言われるのは承知で書くが、とどのつまりそんな無知なぼくでも「ちょっとおかしくないか?」というのを素直に感じてしまったのである。

その異常さは冒頭にいきなり出て来た。

アニメーターとして絶大な信頼を寄せる米林宏昌(通称マロさん)が監督として就任した後、宮崎駿の脚本を元に絵コンテを書き上げ決定稿として渡すのだが、ここで一人のスタッフがこう言ったのだ。

「え!?これ宮さんのチェック入ってないの!?コピーされてるから、てっきり宮さんのチェックが入ってるのかと思ったら……そういうことなんですね……」

文章だと伝わらないかもしれないが、ずばり「宮さんのOKが出てない段階で作り始めるなんて!ウソ!?信じられない!?」といったリアクションである。

ぼくはそれにたいして「ウソ!?信じられない!?」と思ってしまったのだ。

というのも、今回の監督はこのマロさんである。宮崎駿がプロデューサーであるなら話はわかるが、宮さんは企画を立ち上げ、マロさんに脚本を提供しただけに過ぎない。確かに企画者に絵コンテを見せなければならないというのは当たり前の行為かもしれないが、ぶっちゃけ脚本を手渡した時点で、その映画は監督のモノとして動き始めるべきではないのか。実際『マインド・ゲーム』に湯浅政明が監督として指名されたのも、「この原作に過剰な思い入れがない人の視点が欲しかったから」だったりする。

故にぼくが異常だと思ったのは、「絵コンテを見せなかったこと」ではなくて「宮さんのOKがもらえないと映画が作れない」というのがスタッフ間で当たり前になっているという部分なのだ。実際番組でも中盤で語られるが『耳をすませば』の時、宮さんはかなり作品に口出したそうで、書き直しや場面変更の要求は当たり前だったとか。そのせいで監督は体を壊して死んでしまったのだから恐ろしい話である。細田守が『ハウル』を降板したのもこのへんに原因がありそうだ。つまりこれが根っこにあるから、スタッフもああいう態度になってしまうんだろう。

絵コンテに対して宮さんのOKが出てないことにスタッフは不安を隠せなかったのだが、その不安をすぐさま感じ取った宮さんが説明会でスタッフを前にこんなことを言った。

「マロが絵コンテを見るかって来たんですが、おまえは見てもらいたいのかって言ったら「いいえ」って言ったからボクは見てませんので。一番責任を背負った人間が必死に考えてこれがよかろうってとこにたどり着くしかないんですね。マロがどれほどの力を持ってるかどうか私は知りません。でもマロにすべてを託してですね、ジブリが浮くも沈むも」

さらにその後の番組内のインタビューではこんなことも言ってる。

「ああしろこうしろっていう風に細々と注文をつけるのはやっぱり角を矯めて牛を殺すことになるんです。だからそれはやっぱりやっちゃいけないことなんですよ。乱入するのは一見簡単だけど、それで鼻面つかまえてあっち行けこっち向けってやってね、いい結果になるはずはないから」

そして、宮さんはマロさんに対して、一切の口出しをしないことを決めた。机こそ近くにあるのだが、作品に対して「ここをこうしろ!」という指示もなければ、アドバイスもしない。


ええと………それが普通だと思うんですが……今までがどうかしてたんじゃないのか……後継者も一人死んでるわけだし……


今回、そんな宮さんの無言のプレッシャーに耐え、マロさんは『アリエッティ』を完成させる。関係者試写会で作品を観た宮さんが涙を流し、見終わった直後にマロさんの手を取って「彼はよくやりました!」というところは本編以上に涙を誘う名シーンだ。ただし、この感動は「ジブリを牛耳ってる宮さんに気に入ってもらってとりあえずはよかったね!」という部分であり、「やっと作品が完成したね!」というところではないような気もする。

というわけで、思わぬところでジブリの制作体制が浮き彫りになったわけだが、言ってみりゃスタジオジブリってのは、アニメ制作会社なのではなく、宮崎駿が好き勝手アニメを作れるように作られたスタッフ集団なのだと思った。そう言った意味でも、その異常な制作体制にハマれたマロさんは正式な後継者としてこれからも頑張っていけるはずだ。ある意味で応援したくなるような良質な番組だった。

ただ、番組を見て気になったのは、『猫の恩返し』や『ゲド戦記』に触れなかったこと。ん?あれはなかったことにされてるのかな?あと宮崎駿は一年以上も近くに机を置いて一体ナニをしていたというのだ。あういぇ。

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