データーとしての音楽、入れ物としてのCD

『マジックディスク』を遅ればせながら聴いたのだが、そこに収録されていたタイトルチューンである“マジックディスク”という曲がちょーすごかった。

音像的には初期を代表する楽曲である“E”のブラッシュアップという感じで、これぞアジカンなスピード感溢れるキラーチューンだったのだが、驚いたのはその歌詞だった。

“マジックディスク”はミュージシャンとしての決意と、これからの音楽業界に向けての率直な意見が描かれている。というのもこの曲、少しばかり抽象的に書かれて入るが、内容は「携帯で音楽を安くダウンロード出来たり、音質にこだわらずiPodにバンバン音楽を溜め込んだりして、これからCDというメディアは確実に消える。そしてそれは人々にとって何の関心も引かないが、それは実はぼくらミュージシャンにとっては由々しき問題だ。だからといってその流れは止められない。音楽を聴くという筐体が変わったり、音質にこだわらないような人のためにも、ぼくらは同じように制作して曲を書き続けなければならない」という感じで、これまでロックミュージックではあまり踏み込まなかったようなことを言葉数少なく表現しており、新境地に達したなと素直に思った。

特に「回る君と今8ビート ただし役目は終わりさ 銀のディスク」「守るべき形などない それはいつか消える設定」という部分はとてもそのことに関して象徴的なフレーズだと言える。

後藤は「佐野元春のソングライターズ」にて「3分間のロックンロールは表現の方法においてヒップホップ/ラップには勝てない」と言っていたが、その3分間のロックンロールでの表現を突き詰めたようにも思えたのだった。良くも悪くもすべてを説明しないことがこの曲に圧倒的な深みを与えている。

実はこの曲、なんでこのように読み解いたかというと、『僕らの音楽』にASIAN KUNG-FU GENERATION後藤正文が出演した時に、対談相手であった秋元康にこんなことを質問していたからなのであった。

「AKBが投票券付けたじゃないですか、んで、これって、いろんなところでいろんな人がいろんなこと言ってると思うんですが、ぼくは……ある意味では……来るところまできたというか……CDはやっぱりデーターのコピーを入れてるから、いつかただの入れ物になることはもう明白だと思っていて、そのあたりの音楽とメディアみたいなものって秋元さんはどういう風に見てるのかなって…」

表現者として、ライブ以外に作品としてCDを作ってる人が、このように考えてることも意外だったが、それよりも半年以上前に作品として発表していたことにも驚いた。実際音源を圧縮して音楽を聴くというのは、デジタル放送を画質下げて録画して見ているようなもので、細かいところまで音質にこだわって作ってる人にとっては、本来はこの音質で聴いて欲しい!というのがあるだろう。ぼく自身も最近はCDで音楽を聴くというのはよほどのことがない限りはしない。しいて言えば、ビートルズのリマスター盤を聴いたくらいだが、結局はパソコンのiTunesに入っているのが便利でそっちで聴いてしまっている。しかもiMacは何故か妙に音がよく、良いスピーカーを繋げなくてもそこそこ満足感がある音で聴けてしまうし、よくオーディオマニアの方がiTunesの圧縮はクソだというが、その違いも実はあんまり分かってなかったりする。ブルーレイとDVDの違いは明白だが、CDはCDでメディアとして完成してしまってるのが唯一の欠点なのかもしれない。

まぁ言ってもシングルをレンタルしたり買うくらいだったら、iTunesでダウンロードした方が遥かに安いし返しにいかなくてもいいから便利だ。AKB関連は特典として付いてるPVが良くない限り、ダウンロードで買うことの方が多かったりする。あとレンタルにないものだったら、確実にCDを買うよりもダウンロードしてしまうのだ。これって確かにおもしろいというか、来るところまで来たんじゃないかなと思う。いくらデーターのコピーの入れ物とはいえ、CDはCDとして物としての存在があるが、ダウンロードはそれこそ形のないものを聴いてるという感じなのだ。20年前でいえばSFである。

それがいいことなのか悪いことなのかは別にして、ホントにCDというのは今後どうなっていくんだろうというのは音楽好きにとってとても興味深い。もちろんCDにこだわって未だに買い続ける人もいるわけなのだが、そんな時代の中、アジカンの後藤がこういう曲を書いたというのはすごく意義のあることだったんじゃないかなと思う。

ちなみに、この曲よりも遥か前にコピーコントロールCDのことでなんやかんや言われてる時に奥田民生は“サウンド・オブ・ミュージック”という曲をリリースした。その曲の中で奥田民生はこんなことを唄っていた。

「たやすく手に入るぜ たとえばそのラジオで」「今まで僕らは何をやっていたんだ 今まで僕らはどれだけ知ってるんだ 思えば僕らはこれからどうなるんだー」「いろんなのをためそうぜ いろんなとこでためそうぜ 君もくせになるぜ なくなったら困るぜ」

まるでアジカン後藤が“マジックディスク”で問いかけたことへのアンサーになってるような感じだが、この達観した雰囲気……歌い手や作り手によって表現とはまるで変わるもんですな。あういぇ。