アイリッシュパブ「The Liffey Tavern」に行った

5月19日土曜日。その日、新潟駅前で待ち合わせしていたおれは、あまりの人の多さに辟易していた。

普段はそれほどの喧噪を見せるような場所じゃない。東京かと錯覚するほどだった。飲み屋が連なる細い路地にも隙間なく人がびっしり埋まっている。

もしかしたらおれの知らない間に新潟というのは土曜の夜になると、都会にも負けない盛り上がりを見せているのだと思った。さすがは政令指定都市といった具合だ。

少しばかり遅れて関西人の友人が来る。職場で一緒だった男だ。新潟の大学に来て、そのままこっちで就職を決めた。

「なんでこんなに人がおるん?」

社会人となって、おれよりも遥かに駅前で飲んでいる回数が多いであろう関西人が目を見開きながら言った。

「知らんわ」

いつものようにつたない関西弁で揶揄するかのように返した。こいつでもこの混雑っぷりは予想外だったようだ。

関西人はスマートフォンを取り出し、手慣れた手つきでささっと調べるとニヤリと笑っておれにこういった。

「今日潟コンらしいわ」

潟コンとは町ぐるみで行う巨大なコンパだ。町おこしもかねてどこかの地方が企画し、大成功を収めた。それの新潟版が潟コンであるらしい。そこそこの会費を取られるものの、3000人ほどの人数が動き出す。指定された店があり、そこへ出会いを求めた男女がグループごとに分かれる。土曜になると都会にも負けない盛り上がりを見せるというのはどうも錯覚だったようだ。

土曜とはいえ、どっかの店に飛び込みで入れるだろうと思っていたおれらだったが、この予想外の出来事に焦った。のぞく居酒屋はすべて満席。しかたなしにこないだ過労による自殺者を出したチェーン店で一軒目を済ませた。

適当に街を歩き、二軒目も済ませ、酩酊状態になり、トドメの三軒目を探して、あいかわらず人が多い駅前を歩く。深夜二時。もし毎日がこうだったら駅前ももっと活性化するだろうと思った。駅から続くけやき通りは店のわりに人通りはなく、駅の反対側にある古町はもはやゴーストタウンだ。あとから知った話だが、潟コンの日は古町も眠れない町と化したらしい。

深夜二時ともなると、営業している店は少なくなってくる。コンビニの前にたむろし、時間を持て余してる若者もいる。いいかげん店を見つけないとと思った矢先に飛び込んで来たのは映画のセットかと思うほどに見事な外観をした「パブ」だった。

アイリッシュパブ「The Liffey Tavern(ザ リフィー タヴァーン )」――――こんなところにこんなオシャレな店ができていたのか。知識こそ少なかったが、「パブ」と言ったら、いっぱい引っ掛けて帰るのにぴったり場所。酔った勢いもあってか、絶対に一回見ただけじゃ覚えられない名前の店におれらは飛び込んだ。

店内では潟コンなどどこ吹く風というような連中がビール片手に静かに雑談していた。樽を模したテーブルにスーツ姿のサラリーマンが数人でギネスを飲んでいたり、カウンターでひとり、静かにウイスキーのグラスを傾けてるものもいた。

店員に案内されるがまま、おれらはテーブルへと座る。

おしぼりを持ってくるというのは日本独自のサービスだろうか?そんなことを考えながらおれはギネスを注文。関西人はシャンディガフを頼んでいた。

しばらくしてギネスが運ばれてきた。酩酊しながらも人の熱気に蒸されながら歩いていただけあって、少しばかり喉が渇いていた。グラスを口にあて、喉を鳴らしながら、一気にギネスを流し込んだ――――なんだこれは!

そこのギネスは驚くほどうまかった。酩酊しながらうまさがハッキリ分かるくらいだ。素面だったら、どのくらい感動していただろう。

カプチーノかと思うほどにクリーミーな泡。口の中で爆ぜるほどの香ばしさ。そして喉を通るときの新鮮さ。今までに飲んだことのない生ビールであった。一気に飲み干すと、おれは二杯目を注文していた。そこからの記憶はあまりない。翌日、関西人からスマートフォンにパブに言ったことで浮かれているおれがピースサインをしてバカ面さらしている画像が送られてきて、それについても思い出せないくらいだった。

2日後、おれはその味が忘れられず、再びその店を訪れた。

19時。月曜日はビールが安く飲めるサービスデーらしい。ネットで調べてもグルメサイトにはそんな情報は載ってなかった。運がよかった。

さっそくカウンターに座ると、ギネスを注文。

カウンターの目の前で店員がグラスを手に取ると、細長いパイプのような金色のサーバーから、ものすごい勢いで黒い液体が注がれる。しだいにその黒い液体はカプチーノのような白をふくんだ色になり、全体が泡になった。しばらく待っているとグラスの下から黒い液体が顔をのぞかせる。二〜三分は待っただろうか。完全に見たことのある姿になり、目の前に運ばれてきた。

普通のサーバーとは違うものを使っているのだろうか――――店員に訪ねようと思ったが、今は目の前にあるギネスに集中した。今度は体も頭も準備万端。冷たくなったグラスを手に取ると一気に飲み干した。やはりうまい。黒ビール独特の風味と香ばしさ、だが、樽から注がれたものは明らかにフレッシュさが違う。飲み終わったあとの爽快感は他のものと比べ物にならない。普段は生ビールにさほど思い入れはないが、ここのビールならば、毎日でも飲みに来たいと思わせるくらいの魅力がある。サーバーの管理がいいのだろうか。高炭酸で出しているのだろうか。

ギネスを飲み干すと、次にキルケニーを注文した。ギネスだけが特殊な入れ方なのかなと思っていたが、そうではなかった。キルケニーも、ハイネケンも同じようなサーバーから、同じような注ぎ方で注がれていた。ちなみにハイネケンは同じ値段で1パイントの大きさで飲めるのが魅力的であった。

――――そして、翌週。また足を運んだのだが、ここでは割愛する。

アイリッシュパブ「The Liffey Tavern」東京では珍しくないかもしれないが、新潟でうまいビールとシングルモルトなどのウイスキーをリーズナブルな値段で飲めるのはここだけだ。駅前とけやき通りと古町の三店舗。17時から19時の間はハッピーアワーと称して、ビール各種とカクテルが500円。フード関係も充実し、どれもビールに合うものしか置いていない。もし、居酒屋チェーン店に辟易していたら、こちらをおすすめしたい。