人殺しはディナーのときに『DINER ダイナー』

平山夢明『DINER ダイナー』を読んだ。第13回大藪春彦賞と、第28回日本冒険小説協会大賞をダブルで受賞した話題作。ひょんなことから殺し屋しかあつまらない会員制の「ダイナー」のウエイトレスをすることになってしまったオオバカナコの物語。

いつか自分のなかにあるエンターテインメント的なものを読みやすい形ですべて注ぎ込んだ作品を書いてみたいと思っていました。読者の方々が、時間と世の中の憂さを忘れて没頭出来るような物語を一作でも多く書きたい――――という欲求は「祈り」に近いものがあって、そうしたなかで生み出されたのが本作であり、いわば『七人の侍』製作時に黒澤明監督が語ったような「ステーキにしゃぶしゃぶに寿司にカツ丼とハンバーグを載っけたような」贅沢な読み物にしたかった。

これは作者による『DINER ダイナー』のあとがきからの引用だが、まさにこの一文は『DINER ダイナー』を紹介するのにピッタリだ。殺し屋と拷問という、普通なら物語を牽引するのには使わないようなガジェットと、ハンバーガーに酒といった物語に直接関係ないアイテム、そしてアクションだけが詳細に描き込まれた『DINER ダイナー』は、フレッシュなギネスとスコッチ、そして極上なパストラミポークとスモークサーモンだけ提供するパブのような小説である。大雑把ながら、ガツガツ食べて、グイグイ飲むみたいなそんな感じで文章に酔える。

冒頭、ディーディーとカウボーイという、やたらとテンションの高いキャラクターに引っ張られながらのカーチェイスで一気につかむと、そこからはあっという間の460ページ。

時間軸を戻したり、「パンプキンとハニーバニー」と呼び合いながら濃厚なキスをしたり、強盗に向かい、そこからその強盗シーンを見せないなど、タランティーノの影響もちらほらあるが、それは冒頭だけで、そこからは独自の世界が展開される。

日本が舞台でありながら、都市の名前はカタカナで表記され、ほぼ殺し屋専門のダイナーという限定された空間で展開されるので、無国籍感があり、キャラクターのネーミングなど、全体的にはかなりユニーク。

だが、基本的にこの小説は全編これ見せ場という感じで、張りつめられた緊迫感とそれを壊すような一瞬のアクションだけで読ませていく。殺し屋しか集まらないダイナーが舞台ということもあってか、来るお客さんも、そのダイナーのコックも一筋ならではいかないキャラクターばかり。常に何かが起こるかもしれないというドキドキ感がつねにあり、その中で主人公はどのように立ち振るまい、どのようにして、その空間のなかでサバイヴしていくかが見所。まぁ、料理を運んだところでまともに食事するわけもなく、つねに殺し屋同士がたたかい、それに主人公が巻きこまれていくという感じ。

見せ場を構成するためなら、ほかの描写など一切いらないといったぐあいで、主人公オオバカナコは過去にどうもいろいろあったらしいのだが、それは添えものでしかないといわんばかりに、ものすごくみじかいセンテンスで淡白に紹介される。そのいっぽうで、ダイナーでだされる料理やバイオレンス、拷問、殺しあいのシーンなどはこまかく描きこまれる。そのいびつさや世界観もふくめ、ぼくはおおいに気にいった。作者がたのしいと思えることが詰めこまれているので、それに同調できたということなのだが、実は、読んでてイヤになるとか、グロテスクなホラーが代名詞とされる平山夢明の世界観がいちばんわかりやすい形で提示されたともいえる。

というわけで、少しひねったというか、いびつなエンターテインメントが読みたいのなら圧倒的におすすめしたい。個人的には映画にしても良さそうな気がした。もし映画化するなら、その多国籍感もふくめ、石井克人監督あたりに頼むといいだろう。原色をキツくして、スローとか多用した感じでいけないだろうか。まぁ、バイオレンスがすごそうだから無理か。

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ダイナー

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