マイノリティの拳

マイノリティーの拳

マイノリティーの拳

最初に断っておくが私はスポーツ観戦が好きじゃない、よって、ボクシングにもまったく興味が無い、唯一格闘技で見るものと言えば、須藤元気の動きとテコンドーくらいだ、それもたまたま写ってれば見るくらいの感じで、率先して見るわけではない、つまり私にとってスポーツとはあってもなくてもどうでもいい存在くらいになる、じゃあスポーツを題材にした映画は見ないのか?と言われるとそんな事はなく、一番見ているスポーツ映画はボクシングを主題にした映画なのである、そして主題はボクシングじゃないが、映画の中でボクシングをするシーンがある作品もたくさん見てきた『ロッキー』シリーズ『レイジング・ブル』『ミリオンダラーベイビー』『ガール・ファイト』『キッズ・リターン』『どついたるねん』『パルプ・フィクション』『ブロークン・アロー』『スネーク・アイズ』『GO』今パッと思いついただけでもこれだけ出てくる、ボクシング映画というのはかなり特殊な部類に入るのではないかと思っている、『ロッキー』はアメリカンドリームを体現したかのような作品だから別にしても、私が好きな『レイジングブル』は一度チャンピオンを極めた男がこれでもかと堕ちていく話であるし、近年の傑作『ミリオンダラーベイビー』もボクシングが出来なくなり、生き甲斐を無くした女の話である、映画の中においてボクシングというのは栄光と影がハッキリしたスポーツであり、生きる為、喰っていくためにボクシングをするという人が現実に多い事から、映画の主題にもなりやすいのだろう。

『マイノリティーの拳』はそんなボクシングの栄光と影を鋭くえぐった作品である、ノンフィクションであるから、ここに登場するボクサーの話は本当の話だ、対話式の文章ではなく、ボクサーの生い立ちから、チャンピオンになって堕ちていくまでを見事な構成と筆力で書いている、ボクシングを知らない様な人でも興味がわくように書かれているし、実際この本には読み手をぐいぐい引っ張って行くパワーがある、作者がアメリカに渡って10年間取材したものが詰まってるから、その選手の心情なども細かく書かれており、ボクシングで生きてる人すべての魂が宿っている様にも感じた、作者とこのボクサー達の信頼関係があってこその本だと思うが、“黒人ボクサーの栄光と影”という着眼点だけではなかなかここまでの作品にならないだろう「アメリカにはこういうボクサーがいる、この人達をどうにか世間に知らしめたい」という想いや、そのボクサーを好きになったからこその文章、これが飛び抜けてるので、そこに金の匂いや仕事という意識があまり感じないのもこの作品が勝利した要因のようにも思える。

何故黒人ボクサーが強く、何故黒人ボクサーだけが堕ちて行くのか?というのにすごく興味があったので、それがちゃんと書かれているのも素晴らしかった、つまりアメリカ社会の底辺にしがみついてる人種、生きて行く為に男たちはグローブをはめ、そしてその事しか知らない男たちは、いいように利用され、捨てられていく、そしてその後も生きる為に男達は戦い続けなければならない…もちろん心温まるエピソードも多数あるが、基本的にはすごく現実がある本だった、私はハッピーエンドが嫌いで、その理由として、「現実にハッピーエンドなんて片手で数えるくらいしかないから」なのだが、この「現実を突きつけられた感(バッドエンドではない)」はよほど念入りに取材し、自分の中で完璧に昇華して、文章にしないと出来ない芸当だろう、それ故にこの作品は刺さり、圧倒的な迫力に満ちている。

すこし重く、考えさせられるが、かなりの力作である、男ならば読まなくてはならない本だろう、栄光や金をその拳で掴んだと思ったら掴み損ねていた男たちの魂がここにある。