GOGOモンスター

GOGOモンスター

GOGOモンスター

松本大洋の『GOGOモンスター』が読みたくなったので読む。松本大洋のマンガは基本的に好きなんだけど、その中でも『GOGOモンスター』は『鉄コン筋クリート』の次に好きなマンガである。

松本大洋のマンガにはぶっ飛んだ発想や言葉使いをするヤツと現実的で真面目なヤツという、両極端な性格のキャラが2人出て来て、現実的な方がそのイノセンスとも言えるぶっ飛んだキャラに惹かれて行くという、そういう構図が必ず出て来る『ピンポン』も『花男』も、もちろん『鉄コン筋クリート』もそうだ。

んで、この2人というのはある程度決まった物語の中で行動するわけだが、『GOGOモンスター』はこの正反対のキャラクターの内面、心理だけを鋭くえぐった作品になってる。小説で言えば、完全な純文学でエンターテインメントとはほど遠いが、マンガでこれだけの物が書けるのかと思い、読んだ時は感動した。

小学生の立花雪は普通の人には見えないものが見え、普通の人には聞こえないものが聞こえる。雪によれば、学校の4階には“かれら”が居て、こちらの世界にいたずらしにやってきたりする。そんな雪の事を理解する者はおらず、学校ではいつもひとりぼっち、彼の唯一の理解者はガンツと呼ばれる用務員さん。

3年の新学期のある日、雪のクラスに4人転校生がやってくる。その中の鈴木誠という子供が雪の隣の席に座る。誠は雪の話を聞き、最初は気味悪がるのだが、自分の話をマジメに聞く誠に対し、雪は心を開いて行く。

誰にでも大人になりたくないという気持ちはあると思うし、いずれ大人にならなければいけない時がくるのだが、“子供の時だけ見えないものが見える”という能力が大人になるにつれて薄れていくという事を、子供から大人になっていく事のメタファーにしたところが松本大洋ならではの発想だと思う。結局、雪が見えるという“かれら”の姿形はマンガの中で一切現れない。

雪は同級生達の事を「ドリルを解いて他の子の悪口を言ってれば安心出来る連中」という、それは子供ではなく、大人がやる事なのだ。なんだかんだ言っても子供はどこか大人のやる事を通過している。「最近の子供が分からないんですよ、まるで宇宙人みたい」と作品の中で先生は言う、それは子供に限らず、大人もそうだ。というよりも人間の事を私も含め、よく分かってない。秋葉原の殺傷事件の時もそうだが、人間が抱える闇の部分なんて他人に理解出来るわけない。

そんななんとなくモヤモヤしたものを絵にして、言葉にしてみせた『GOGOモンスター』いわゆる『ドラゴンボール』や『スラムダンク』的なものを期待すると肩すかしを喰らうかもしれないし、松本大洋の中でも『ピンポン』のようなものを期待するとガッカリするかもしれない。それでも個人的にはオススメな漫画です。