諦めないからいつかきっと何かを掴むんだ


KELUNの新曲『Chu-bura』ちゅうぶらりんという意味です。ハッキリ言って傑作と思わないけど、いい歌です。正直「ちゅうぶらりん」という言葉がすごくいいから、もっともっと突き詰められた気はしますが、ちまたに溢れてる曲よりはぜんぜんいいです。今日はそんな話。

妹がいきなり、「FUNKY MONKEY BABYSのアルバムある?」と聞いて来たので、「1枚あるよ」と答えたらば、「それ貸して」と言われたので、「好きなん?」と聞いたら、

全部同じ曲に聞こえて、あんな歌詞が薄っぺらいヤツら好きなわけない。

という、さすがオレの妹と言うべき答えが返って来て安心した。

特にオレの妹は『告白』って曲が無茶苦茶嫌いらしい。「なんか純粋な想いを歌ってるように見せかけて、顔もスタイルもすごくタイプって言ってんだよ、けっきょくそこかよ!」という感想を言っていた。あいかわらずナイスなヤツだ。

まぁ、オレは基本的に、FUNKY MONKEY BABYSがよくわからないのであまり偉そうな事は言えないというか、言わない。

でも彼らの歌で「諦めないから何かを掴むんだ」みたいな歌あったじゃん?いや、彼らに限らず、そういう歌が妙に多い気がする。いわゆる応援歌的なヤツ。

オレ、ああいうのダメなんだよね。

だって、お前らは何か掴んでるじゃん。夢的なもんをさ。

別に間違ってるとかじゃないよ。オレはダメだって話だから。そこ勘違いしないように。

BUMP OF CHICKENがさ「隣人は立派 将来有望 才能人 そんなヤツがさぁ 頑張れってさぁ」って歌ったのは偉いよ。アレがたいがいの人の本音だと思う。お前らに言われたくないよみたいな。Mr.Childrenも「誰のマネもすんな君は君でいい」って歌ってるけど、そうだよ、君は君でいい。夢掴まなくても、挫折しても、壁が高くても、どんな道だったとしても未来へ向かっていけばいいんだ。

「何かを掴むんだ」って何を?って話だし、掴むんだって、言われても、じゃあ、夢を持って、それを掴みにいかなきゃいけないのか?って事になるじゃん。「今それがやりたい事なの?」ってお前らには言われたくない。それが分からなくてさまよってる人も大勢居るはずだから。夢無くて、KELUNの『Chu-bura』みたいに、それこそ"ちゅうぶらりん"に生きてる人だってたくさんたくさん居る。もちろんそれと同じように夢を掴む為に頑張ってる人だって山ほど居るんだが、いや、そういう人はそんな事言われる前に、無茶苦茶努力してるだろうし、ありふれた人生を送る事が幸せという考え方もあるし。世の中そんなきれいごとばっかじゃないし。

Mr.Childrenも「救いの歌は聞こえちゃこないさ」って歌ってるもん。そっちが現実だもん。

オレが言いたいのは、そういう潔い事を言うのも大切だ。というか、オレが嫌いというだけで、むしろ、オレは嫌いなもんの方が多いから、オレの言う事なんて正しくもなんともないんだ。

でもそういう曲も良いけど、それよりも、さらにもっともっと良い歌はたくさんあるという事だ。アジカンの後藤曰く「若い連中はライブとかにこないけど、でも若い連中がロックを聴くんですよね」って言ってたもん。

なかなか、ゴミみたいな音楽が売れて、それに埋もれてしまってるから、そこから良い音楽を見つけるには、いろいろ聴きまくるしか無いんだけど、たまに若い人がまっとうな音楽を聴いてると安心してしまうんだなぁ。