『サーフ ブンガク カマクラ』はアジカンにとっての『Let it Be』である。

サーフ ブンガク カマクラ

サーフ ブンガク カマクラ

時間を作って、ちまちまASIAN KUNG-FU GENERATIONの『サーフ ブンガク カマクラ』を聞いていた。いろいろ意見はあるが、私的にはアジカンのアルバムで1番好きだ。最高傑作は誰がどう聞いても『ワールド ワールド ワールド』だが、どっちが好きかと言われれば『サーフ ブンガク カマクラ』と答えるだろう。そして、ここ最近発売された(って言ってもまともに最近の音楽聞いてないけど)アルバムの中で最もロックンロールなアルバムであると断言する。

『サーフ ブンガク カマクラ』はアジカンにとっての『Let it be』だ。もっと言えばゲットバックセッションである。

ビートルズは1966年の8月にライブ活動を一切やめて、アルバムの制作に専念する事を選んだ。4トラックしか使えない中で、オーバーダビングを駆使して、ライブでは再現不可能な音を表現するようになった。その先駆けになったのが『Revolver』と『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』であり、これらがロックを変えてしまったのは私が説明するまでもないだろう。ストリングス、ブラスセッション、多彩なSE、逆回転のテープ、シタールなどのインド音楽変拍子など、ロックやポップスでやれる事はこれらでやってしまっている(ホントはこの前にビーチ・ボーイズの『ペットサウンズ』があるのだけれど、その話をしだしたら、大変な事になるので割愛)。そしてビートルズはそれぞれの個性を発揮させ、ソロ作品の集合体のような2枚組超大作『The Beatles(通称、White Album)』を発表する。音楽性はより多彩になったものの、各自がそれぞれにレコーディングしたり、リンゴがグループを一時脱退するなど、メンバーの仲は多彩な音楽性のように離れて行っていた。

The Beatles』を発表した後、メンバーがバラバラになっていくのを感じたポールが、原点に帰ろうとして1つのコンセプトを立ち上げる、それがゲットバックセッションである。スタジオでライブをし、それにオーバーダビングやエフェクトを加えずにアルバム制作するというもの。映画の『Let it be』に併せてセッションを繰り返したが、回り続けるカメラ、ゴールの見えないセッションなどで、メンバーは険悪になるばかり、なんとかレコーディングを終え、演奏する前の会話なども入れたライブ感溢れるアルバムを作るも、結局レコーディングは凝ったものになって行き、史上最悪のセッションと言われたゲットバックセッションはアルバムのジャケットまで撮影しながらも、メンバーが発売を決定する事はなかった。

結局、このゲットバックセッションはビートルズのラストアルバムになるはずだった『Abbey Road』の後に発表された。当初の目的とは違い、フィル・スペクターがプロデュースに参加した事で、コーラス隊や大量のリバーブをかけたウォール・オブ・サウンドと呼ばれる作品になってしまった。これにポールが激怒した事は有名である。『Let it be』は後に『Let It Be... Naked』として、オーバーダビングを取っ払った、ゲットバックセッションの時の一発録りのスタイルに戻った。

さて、音や曲、歌詞、コンセプトなど、極限まで練り込んだ『ワールド ワールド ワールド』はアジカンのマスターピースだが、それはビートルズが『Revolver』や『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を作り上げたのと同じで、変拍子や個々の演奏など、凝りに凝ったものになっている。さらに『ワールド ワールド ワールド』の時に録音されながらも、アルバムの毛色に合わないという事で、『ワールド ワールド ワールド』の3ヶ月後に発売された『未だ見ぬ明日に』と合わせれば、それこそ『White Album』のようにも思える(2枚組で発売するような案もあったらしい)

ここまでロックを突き詰めたアジカンだが、『サーフ ブンガク カマクラ』はそれらの小難しい事をぜーんぶ取っ払った勢いのある作品だ。遊びのように一発録りを基本にした楽曲群の“湘南シリーズ”の集大成だが、良い意味での荒削りさ、良い意味でのバカっぽさが全面に押し出され、3分以内の楽曲も多く、全10曲31分という驚異的な短さで、飽きのこない軽いアルバムだ。それはビートルズが凝りに凝ったアルバムを制作した後にゲットバックセッションに取り組んだ事を彷彿とさせる。

リードシングルになった『藤沢ルーザー』で方向性がバッチリ決まっており、今までカップリングに収まっていた『鴨沼サーフ』は一発録りを基本にしたこのアルバムを象徴する一曲で、weezerの『Island In The Sun』を彷彿とさせる『江ノ島エスカー』はこのアルバムのベストトラック。3連の『腰越クライベイビー』アジカンらしさが全面に出た『七里々浜スカイウォーク』ランニングベースと高速のシャッフルビートがジャズっぽさを出している『稲村ヶ崎ジェーン』パワーコードをダウンで引き続ける超ど級のパワーポップである『極楽寺ハートブレイク』や『長谷サンズ』はweezerをリアルタイムで体験してる者にとっては涙無しでは聞けない楽曲。そしてこれまたバカバカしい『由比ヶ浜カイト』から『鎌倉グッドバイ』でアルバムは締めくくられる。

小ネタがあっても、変拍子や変則的なドラミングはほとんど封印しているし、一発録りの勢いそのままに小細工に走らないところも好感が持てる。10曲で3分以内の楽曲が詰まってるというのもストーンズフェイセズを彷彿とさせて潔い。

ぶっちゃけシリアスになってしまったなぁと懸念していたアジカンだったが、『藤沢ルーザー』で「これを待ってた!」と叫んだ人にとっては『サーフ ブンガク カマクラ』は最高のアルバムになるはずである。個人的にはカップリングに収録されていた1〜3だけでお腹いっぱいで、7、8で泣きそうになった。傑作。

参考文献:ザ・ビートルズ・クラブ『Revolver』ライナーノーツより「一時代の終わり」、『Let It Be... Naked』ライナーノーツより「アルバム“Let it be”とは?」