『ハイ・フィデリティ』を読んだ。
- 作者: ニックホーンビィ,Nick Hornby,森田義信
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1999/06
- メディア: 文庫
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と彼女は言った。そんな答えが返ってくるとは思わなかったので、一瞬ぼくはたじろいだ。何故かというと、女の子がいう「映画好きなんですよぉ」には信用してない節があったからだ。だいたい女の子が「映画好きですよ」といってきたら、一応礼儀として「どんな映画が好きなの?」とは聞くのだが、大概ガッカリさせられることが多い。
一瞬間が空いた後、「ああそう!いいよねぇ!あれだけ頑張ってたどり着いたハロランさんが斧で惨殺されるところとか!」など、ぼくは一気にまくしたてた。
ほどなくしてぼくらは付き合うことになった。最初のデートは家に呼んで『空飛ぶゆうれい船』を観るというもの。特別どこかに行くということはしなかったのだが、ずっと映画や音楽、小説/マンガの話が出来るから楽しかった。
ところがである。恋愛というのは不思議なもので、そんなことは関係ないところでギクシャクしたり、イライラしたりしてしまったりする。女の子は気まぐれで、今、その場で言ったことが明日には無かったことになったりして「こうなってほしい」という方向にはなかなか行ってくれない。
ぼくらの出会いは「大親友の彼女の連れ/おいしいパスタ作ったお前/家庭的な女がタイプの俺/一目惚れ」という感じじゃなく、恋愛中も「大貧民負けてマジ切れ/それ見て笑って楽しいねって/優しい笑顔にまた癒されて/ベタ惚れ」ってわけじゃなかった。さらにお互い「絶対離さない/その手ヨボヨボになっても/白髪の数喧嘩して/しわの分だけの幸せ/二人で感じて生きて行こうぜ」というテンションじゃなかったことも要因だったのだろう。趣味が合っても、二人の愛情がすれ違えば何にもならない。結局、ぼくらは別れることになった。
――――だいぶ話が長くなったが『ハイ・フィデリティ』とは、そういう恋愛を描いた小説である。
女の子と話すくらいなら、仲間と好きなレコードについて延々話してた方がいいや!という男が主人公で、彼は自分がDJのイベントに来ていたロック好きの女弁護士と恋をする。彼にとって運命の相手だと思っていたが、主人公のした最低な行為などが積み重なり、結局彼はフラれてしまう。フラれた後もしつこく女に電話をかけたり、ストーカーまがいのこともしだすが、そこから彼は過去の恋愛を反芻したり、時にその場のノリでセックスをしたりしながら、恋愛とは一体何なのかというのを考えだす……
小説だから音楽こそ鳴らないものの、まるで音楽が鳴ってるかのようにおびただしいロックの引用が楽しい。それだけじゃなくポップカルチャーにも造詣がかなり深い――――ビートルズに始まり、ニルヴァーナ、レナードスキナード、ドクターフィールグッド、ジョニーロットン、スライ、アレサフランクリン、映画ではめまい、グッドフェローズ、ビッグ、裸の銃を持つ男、ターミネーター2、ロボコップ2、小説ではチャンドラー、トマスハリス、ヴォネガットなど、とにかく枚挙にいとまがない。
好きな女の子の人格を表すのにその子の好きなレコードをわざわざ表記したり、楽しかった思い出に関しても「『スループ・ジョン・B』のコーラスを二人で歌ったりした」と表現したり、女の子に会っても「ブリジット・バルドーのような胸とジェイミー・リー・カーティスの首」などバンバン固有名詞が出て来る。いわゆるタランティーノシンドロームの影響下で出て来た小説だと思うが、ちゃんと主人公の好きな映画に『レザボア・ドッグス』を入れるなど「しょうがないじゃん、好きなんだもん」と舌を出してるのも好感が持てる(しかも延々『レザボア・ドッグス』について喋るダベリもある)。
ぼくも普段そういう話をするので(つっても限られた数人だけだけど)、映画やドラマのキャラクターにもそういう話はおおいにしてもらいたいと思っている。だから『ハイ・フィデリティ』はそういうポップカルチャーへの言及があるだけでサムアップなのだ。実際、読んでて、それらの会話が出て来ると、その会話を盗み聞きしてるような気分になって、わかるわかるぜと思わずにんまりしてしまう。
ただ、最初の50ページと中盤、元カノを振り返るくだりがあるのだけれど、それがすごくキツかった。ちなみに映画版ではメインプロットになってた部分だ。書いたのはイギリス人だが、どうもイギリス人特有の「斜に構えた回りくどい皮肉」みたいなものが鼻に付いてしまって、挫折しそうになった。だからアメリカで映画化された時にキャラクターがあそこまでアメリカンになったのは成功だったんじゃないだろうか(特にジャック・ブラックは読んでから思ったが、ホントにベストキャストだと思う)。
というわけで、映画を観たときから「これはオレのための映画だ!」と思っていた『ハイ・フィデリティ』の原作はやっぱりおもしろかった。同類の男としてちょっと身につまされる部分もありながら、泣きそうになったりした。個人的には映画がおすすめだが、興味があったらこの原作を読んでみてもいいかもしれない。主人公が好きなレコードにあげてたマーヴィン・ゲイの『レッツ・ゲット・イット・オン』は聴いたことがないので、探してみよう。まぁ、他にも全然聴いたことないようなもんがバンバン出て来たが、こういうところに出ると知りたくなるなぁ。あういぇ。
- 出版社/メーカー: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
- 発売日: 2006/04/19
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追記:シャイニングで思い出した。日本中の女子はこのようなプレゼントを贈るべきだと思うんだな。